シンクライアントに需要の大波が押し寄せている。この10月、マイクロソフトのWindows 7が一般向けに発売され、クライアント環境が大きく変化する兆しが出てきた。だが一方で、企業ユーザーにおいて旧OSのXPやVistaとの混在による運用管理コストの肥大化リスクが増大。このタイミングでレガシーなクライアント/サーバー(C/S)型から脱却し、コスト削減が容易なシンクライアント(シンクラ)型へ移行する需要が高まっている。仮想化技術の飛躍的な進展と相まって、XPのサポート期限が切れる2014年まで「同市場は年2倍以上の成長が期待される」(大手SIer幹部)と、シンクラ市場攻略に力を入れる。
Windows 7への移行が推進役に
シンクラの主流を占めてきた従来のターミナルサービス型は、アプリケーションの自由度が低く、現行のC/S型のような拡張性に欠けていた。金融業などセキュリティを重視し、かつ定型業務が中心というシチュエーションでは受け入れられてきたが、一般オフィスでの利用は限定的だ。
しかし、ここへきてデスクトップの仮想化技術が飛躍的に向上。コストを抑えつつC/S型並みの拡張性の高さが実現できるようになった。今ではデファクトスタンダードになりつつあるサーバー仮想化の技術をデスクトップに応用したもので、この領域で競い合うヴイエムウェアとシトリックス・システムズ・ジャパンは、デスクトップの仮想化でも正面からぶつかり合う。すでにユーザー企業の多くが、サーバー仮想化によるコスト削減の恩恵に浴しており、Windows 7導入のタイミングで、クライアント領域でも仮想化を活用する気運が高まっている。
東京海上日動火災保険からヴイエムウェアをベースとする仮想化方式で3万台のシンクラを受注したと9月末に発表したNECは、「国内市場は年2倍以上の勢いで伸びる見込み」(同社の大塚俊治・シンクライアント推進センター長)と強気だ。シンクラビジネスに力を入れる伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)やユニアデックスも、同様に年200%余りの市場成長率の見通しを示しており、各社とも“市場の伸び以上”の受注拡大を目指す。
ここで押さえておかなければならないのは、すべてが仮想化方式に置き換わるのではなく、従来のターミナルサービス型との併用が進むという点。セキュリティ重視の定型業務は、コスト削減効果が最も大きいターミナルサービス型。ある程度の自由度や拡張性が求められる非定型業務は仮想化方式という具合だ。ユニアデックスの村上努・戦略商品企画室シンクライアント担当マネージャーは、一般的な企業の場合、「7割がターミナルサービス、2.5割が仮想デスクトップ、0.5割がブレードPCなどといった構成比になるのではないか」とみる。ターミナルサービスと仮想化の複数方式を組み合わせることで、コストのかかるC/S型からの脱却の道筋がより明確に見えてきた。
課題は、「大手ユーザー企業の案件が先行する傾向にある」(CTCの井出貴臣・インフラソリューション推進部長補佐)こと。中堅・中小領域の立ち上がりが鈍いことが懸念される。NECでは、販売パートナー向けシンクラ技術の認定制度を08年1月からスタート。これまでおよそ100社500人が認定を受け、「予想を上回るハイペース」(NECの大塚センター長)で推移する。JBCCホールディングスグループは、中堅・中小企業の脱C/Sがスムーズに進むよう、「さまざまなユーティリティやサービスメニューを拡充する」(JBアドバンスト・テクノロジーの石川匡幸・製品推進部長)方針を示す。
大規模ユーザーは、スケールメリットが見込めるが、中堅・中小ではより大幅なコストダウンを達成しないとメリットを十分に生かせない。ベンダーは設計や構築の簡素化など、より一層のコスト削減策を求められそうだ。(安藤章司)
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仮想化応用でビジネスチャンス
シンクライアント化の大波が起きるのは今回で3回目だ。1990年代後半のウェブアプリケーション系の波、2000年代前半の個人情報保護法の施行に伴う情報漏えい対策としての波、そして今回は、デスクトップの仮想化技術によるブレークスルーである。折しも、現在は企業ユーザーの事実上の標準OSとなっているWindows XPから、新OSの7へ段階的に移行するタイミングだ。運用管理コストがかさむクライアント/サーバー(C/S)と決別する機運が高まる。
とはいえ、デスクトップの仮想化で、すべてが解決するかといえば、そうではない。従来のターミナルサービス型に比べて、自由度が格段に高い分、「へたをすれば、運用管理コストがC/S並みにかかる」(大手SIer)危険性がある。コスト削減を主目的としてシンクラを導入したのに、トータルコストがあまり変わらなかったのでは本末転倒だ。NECやヴイエムウェアなど大手ベンダーは、仮想デスクトップの運用管理を自動化するシステムを独自に開発。運用を一部自動化する自律管理システムの実用化を推進することでコスト低減に努めている。
コストだけで考えれば、ターミナルサービス型に利点が多い。金融業などセキュリティを重視し、かつ定型業務が中心という状況下では広く受け入れられてきた。こうした経験を踏まえ、例えば定型業務の割合が高い業種ではターミナルサービス型の割合を増やし、開発や企画など非定型業務の比率が多い業種では仮想化方式を積極的に活用するスタイルが増える見込みだ。これまでは、デスクトップの仮想化技術が十分でなかったが、すでに状況は変わった。
サーバー仮想化でノウハウを蓄積してきたSIerにとって、デスクトップの仮想化は技術を応用しやすい領域だ。従来のパソコンの箱売りに比べて、付加価値も格段に高い。シンクラ“第三の波”は、大きなビジネスチャンスといえそうだ。(安藤章司)