上海万博に沸き立つ中国。内需に閉塞感がある日本の企業にとって、自社を成長軌道に導くうえで「巨大市場・中国」の存在価値は高まる一方だ。注目の的となっている中国に進出する日系企業は、現在約2万3000社。急速にその数を伸ばしている。その大半はITを利活用している。だがそのITシステムには、知らず知らずのうちに非正規版のソフトウェアが使われているのだ。日系企業に潜むソフト利活用上の“落とし穴”の実際と、講じるべき対策を考える。(取材/文●谷畑良胤)
知らないうちに非正規版を利用
中国市場に進出する日系企業は、日本経済の沈滞につれて増える一方で、大手製造業を中心に約2万3000社に達している。この日系企業に対するITシステム提供の市場は、すでに5000億円以上に達するとの推計もある。これに伴い、日系企業のIT導入・サポートをする日本のSIerなどの進出も相次いでいる。だが、日本国内の事情とは異なり、中国の法律に準じた版権取得が求められ、「ソフトウェア資産管理(SAM)」は重要な課題となっている。
「違法コピー大国」の中国。世界がその動向に注目するにつれ、中国各省の版権局が正規版化率を高める取り組みを強化している。これにより、「違法コピー」を排除して正規版を使う意識が徐々に浸透し始めてはいる。しかし、あるミドルウェアメーカーによれば、正規版の利用率は全体の1%に満たない状況で、日系企業ですら「正規版利用率は10%程度」と、知的財産権に詳しい専門家は指摘している。
問題を複雑にしているのは、日系企業が意図的に非正規版を使っているわけではないところだ。また、日本だけで使用許諾されるライセンスを海外で資産登録することができないことを知らなかったり、ハードウェアバンドル時だけ購入できるパッケージを購入すると非正規版とみなされることなどを知らない日系企業も多く存在する。中国進出とあわせ、「正しいソフト利用」を熟知することは、中国に進出する日系企業やその企業のIT導入・サポートする側のSIerにも問われているのだ。
では、どのような経緯で「違法コピー」が知らぬ間に導入されてしまうのだろうか。中国に拠点をもつ複数のSIerによれば、一つは地元中国のローカルベンダーを経由することで、その不正が起きてしまうという。
日本市場では、サーバーやパソコンなどのハードを中心にシステム提供するSIerの場合、多くがディストリビュータを経由して製品を仕入れる。中国の日系SIerでは、大半が日本と同じようにメーカーの代理店である中国ローカルのディーラーを介して製品を仕入れ、日系企業に提供する。日本の流通を経由する際にはあり得ない行為だが、中国ローカルのディーラーだと、コストを下げることなどを目的に「違法コピー」と知りながら不正ソフトをサーバーやパソコンなどに組み込んで卸してしまう。
日系SIerはそのことに気づかないまま、ITシステム提供先の日系企業に「違法コピー」を使わせてしまう結果になっているというのだ。そのため、中国ローカルのディーラーを介さず、ハードとソフトのメーカーの中国現地法人から直接仕入れる手段を講じた日系SIerがあるほどだ。
日系企業は自己防衛が欠かせない
とはいえ、日本企業の出先機関である中国の拠点であるため、日本の法律に照らすとコンプライアンス(法令遵守)に反する行為をしていることになる。日系企業が中国の法律だけでなく日本の法律でも「違法コピー」などで処罰の対象になりかねない。
中国に進出する日系企業は、ITシステム費用を安価に抑える提案をしてくる中国ローカルのSIerから購入することが少なくない。日系企業の中国現地法人の場合、IT購入に携わる経理担当者が中国人であるケースが大半だ。中国ローカルベンダーと中国人同士で、“確信犯”として不正を働くケースもないわけではない。
日本の企業が中国へ進出した場合、IT利活用は欠かせない。日系企業側では、「違法コピー」を根絶するコンプライアンスへの取り組みがますます求められてくるだろう。
意外と知られていないが、ソフトメーカー各社は、企業内のパソコン資産管理を見直し、コストセービングする仕組みを用意している。これに従ってソフトを購入したり、リフレッシュすれば、わざわざ「違法コピー」を買ってまでコスト削減を図る必要がなくなる。また、IT資産管理ツールを導入することで、「違法コピー」を排除する方法もある。
上海万博では、開催前にPRソングが日本のシンガーである岡本真夜さんの楽曲を盗作した疑惑が取り沙汰された。これに対し、中国の知財法に詳しい専門家は「中国人はいいモノを安く作り直して提供することに誇りをもち、この行為が讃えられる文化だった」と話す。疑惑の曲が開会式でも歌われなかったのは、中国IT産業の多くが日本企業からアニメーション、ゲームなど動画や画像コンテンツの下請けをしているためとの見方もある。その意味では、中国政府が規制に乗り出しているものの、こうした文化を変えるには時間を要しそうだ。とくにビジネスソフトの知財に関しては、対策が後回しになることが予想される。日系企業と日系SIerは、早期に自己防衛の策を講じる必要がある。