クラウドコンピューティングを巡るビジネスが過熱している。有力SIerやホスティングベンダーは、ユーザー企業の新年度予算の獲得に向け、データセンター(DC)設備やクラウド型サービスの拡充を急ぐ。クラウド/ホスティングの主要ベンダーの売り上げは軒並み2ケタ増を維持しており、情報サービス市場全体の伸びを大きく上回る。しかし、設備やサービスの急速な増強によって一部では過剰感が出てきており、成長の持続には課題も残る。(安藤章司)
首都と地方圏のバランスがカギ
“所有から利用へ”の大きな潮流のなかで、データセンター(DC)を活用したアウトソーシング市場への投資が加速している。大手SIerでITホールディングス(ITHD)グループのTISは、2011年4月をめどにサーバーラック換算で3000ラック規模の最新鋭大型DCを東京・御殿山に開設する。ITHDグループのインテックは、10年7月に富山県高岡市にDCを開業したのに続き、今年春をめどに北陸電力との合弁会社による大型DCを富山市にオープンする予定だ。高岡DCと合算すると、およそ900ラックとなり、技術的にも規模的にも北陸地区で最新・最大を誇る。
大手SIerだけでなく、DC運営を主たる事業とするホスティングベンダーの投資も拡大している。さくらインターネットは、北海道石狩市に全8棟からなる巨大DCを建設。今年秋をめどに、第1期工事500ラック相当を竣工する。すべて完成すれば4000ラック相当の規模になる見込みだ。インターネットイニシアティブ(IIJ)も、今年4月、建屋不要のコンテナ型DCを島根県松江市に開設する。
強気の投資の背景には、クラウド型サービスへの需要拡大や、DC活用型アウトソーシング市場の拡大がある。調査会社のIDC Japanは、国内DCアウトソーシング市場は2014年までの年平均成長率を8.8%、市場規模は1兆2065億円に拡大すると予測。これを裏づけるように、有力ベンダーの売り上げなどの経営指標は、軒並み2ケタ増の勢いを示している(図参照)。情報サービス市場が回復基調にあるとはいえ、クラウド/ホスティング関連事業の伸びは突出して高い。
しかし、首都圏でのDC設備が需要を上回る勢いで増え、地方圏DCへの誘導の手応えが十分に得られていないという課題もある。国内ユーザーの多くは、技術的な問題が発生したとき、すぐにDCに駆けつけられることを望む傾向が依然として強く、地方型DCはその点で不利な状況にある。だが、Amazon EC2をはじめとするクラウドは、基本的には、その中身や場所をユーザーが指定することはできない。クラウド時代にあっては、本来的にDCは世界のどこにあってもいいはずだ。地代の高い首都圏よりも、地方圏のほうがクラウド時代に適している。
TIS御殿山DCを総括する西川邦夫・IT基盤サービス企画部統括マネジャーは「御殿山が全国のグループDCのポータル的な役割を果たす」と、例えば、システムの立ち上げ時は首都圏で預かり、安定稼働後は地方で運用することを想定している。一方、北陸電力とインテックとの合弁会社パワー・アンド・ITの大庭正幸社長は、「北陸経済の活性化のため、なんとしても成功させる」と鼻息が荒い。石狩や松江に大型投資をするさくらインターネットやIIJも、本来のクラウドの特性を生かし、地方圏でローコストオペレーションを実現させる考えは同じ。さくらの田中邦裕社長は「石狩DCのコストは半額以下」と、クラウド技術を武器に都市と地方のDCをバランスよく運用することで、事業の拡大を目指す。

主要クラウド/ホスティング事業の経営指標
表層深層
2010年秋、SI業界に衝撃が走った。日立情報システムズが神奈川県全14町村の基幹業務システムを共同利用方式で受注したと発表。この14町村のシステムは、従来、NECや両毛システムズ、TKCといったライバルとシェアをほぼ等分してきたが、クラウド型システムで先行する日立情報が、結果的にすべてを手中に収めた。あるSIer幹部は「これがクラウドの威力か…」と、まるでオセロゲームのようにシェアが逆転するクラウドの特性に舌を巻く。
現実をみれば、すべてのSIerやソフトベンダーが、高価なクラウド対応のデータセンター(DC)設備を保有しているわけではない。必要に迫られたSIerやソフトベンダーは、DC専業のホスティングベンダーとの協業を進める。ホスティングベンダー側も、こうしたニーズに対応するために、クラウドの要となる仮想化技術を積極的に活用。VPS(仮想プライベートサーバー)やパブリッククラウド型のサービス開発に力を入れる。
例えば、ビットアイルは、10年12月にクラウドサービス「サーバオンデマンドNEXT」、NTTPCコミュニケーションズは同年10月から「WebARENA CLOUD9(ウェブアリーナ クラウドナイン)」をスタートした。リンクも今年春をめどに「at+linkクラウド」(仮称)を立ち上げる予定で、このクラウド基盤は有力SIerへのOEM提供も視野に入れるなど、SIerとの連携も並行して進めていく方針だ。