中国最大の商業都市である上海。中国の全都市のなかで日本企業が最も多く進出している。約8000社の日本企業が拠点を構えており(2010年6月時点、在上海日本国総領事館調べ)、ビジネスの拡大を目論んでいる。ITベンダーも例外ではない。行き詰まった国内IT市場から飛び出し、上海を拠点に急成長マーケットで事業を伸ばそうと躍起だ。現地に飛んで、日本の有力総合ITベンダーとソフトメーカー、SIer、そして大手ユーザー企業の声を拾った。(取材・文/木村剛士)
総合ITベンダー 富士通
目標は3年後に売り上げ2倍
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| 富室昌之総裁。05年から上海拠点に赴任している |
全売上高のうち中国・APAC(アジア・パシフィック)が全体の8%を占める富士通。海外全域の売上高は31%で、他の国内総合コンピュータメーカーに比べて高い。グループ全体で46社の関連会社が中国に拠点を構える。ここでコンピュータの販売やSI・ITサービス事業の中核を担う、複数の現地富士通グループ企業の総経理を務めるのが、富室昌之総裁だ。富士通(中国)信息系統有限公司など、中国に所在する4社のトップを務める。ロンドンやシンガポールでの赴任経験もある海外事業のプロである。
富室総裁の中国攻略の考え方は明確だ。ユーザーが、中国資本の企業か日系企業かで、その戦略は異なる。
まず中国企業向けビジネス。中国企業は「ソフトやサービスといった、目に見えないものにお金を払わない文化がある」。また、「中国のユーザー企業はソフト開発やシステムの運用を子会社に任せるケースが日本以上に多い」という特徴がある。日本ではITベンダーに発注する仕事を、中国企業はグループ内で完結するというわけだ。このような事情があるので、ソフト開発やアウトソーシングサービスは受注しにくい。そこで、サーバーやストレージなどの複数のハードとソフトを組み合わせてセット商品をつくりあげ、「ユーザーにはあくまでハードを提供する」という見せ方で売り、単価アップを狙う戦略を推進する。
中国でのハード販売についていえば、富士通はとくにストレージに強い。米日立データシステムズや米EMCが競合になるが、中国移動通信などから大規模な案件を受注している。「中国移動通信のビジネスは、毎年20億円ほどのビジネスになっている」と富室総裁は言う。
一方、日本企業に対しては、ハードやソフトとともに、アウトソーシングサービスも前面に押し出す。富室総裁は「日本企業の情報システム部門の責任者が、今中国で苦労しているのは、システムの運用だ。優秀な情報システム部門のスタッフを採用しにくく、採用できたとしても定着率が悪い。システムの運用に手間取っており、われわれが運用を代行するチャンスがたくさんある」と話す。
富室総裁は「中国は私が経験してきた海外市場で最も開拓が難しい。(富士通の)山本正已社長から言われている『3年後に売り上げ2倍』という目標は、正直にいえば、かなりハードルが高い」とはいうものの、一昨年度、昨年度は黒字と、着々と実績を積み上げている。
ソフトメーカー サイボウズ
直販でSaaSサービスの顧客200社突破
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| 黄淵総経理。日本での勤務経験があり、流暢な日本語を話す |
サイボウズは、2007年に中国に進出し、同年5月に上海に才望子信息技術(上海)有限公司を設立した。中国事業を始めた時期は、他の国内ソフトメーカーよりも早い。人員も多く、今は70人ほどのスタッフを抱え、中途採用のほかにも、現地での新卒採用も行っている。
才望子信息技術(上海)は、設立当時はオフショア開発拠点の位置づけだったが、2~3年前に自社開発サービスの販売に本腰を入れ始めた。主力は、国内で販売するSFA(営業支援)ソフト「ドットセールス」をもとに開発し、日本語と英語、中国語に対応したSaaS型の多機能グループウェア「サイボウズ弁公系統」だ。今夏にユーザー企業数が200社を超え、利用者数は7000人に達した。ほぼすべての顧客が日本企業の中国法人で、約90%は直販で獲得してきた。販売パートナーは、大塚商会の中国法人など5~6社で、日系SIerの中国法人のほかに、LAN工事を手がける企業やオフィス機器などを販売する中国企業も含まれている。
才望子信息技術(上海)を立ち上げて総経理を務める黄淵氏は、「日系企業は、日本国内の実績やブランド力を高く評価してくれ、商談が進みやすい。まずはターゲットは日系企業。『中国に進出したら、グループウェアはサイボウズ!』というイメージを定着させたい」と、日系企業をメインにビジネスを拡大するという明確な考えを示している。
黄総経理は、「中国のユーザー企業はスケジュール共有よりもワークフローや掲示板、タスク管理などの機能を求める。中国には中国のニーズがあるので、うまく吸収してサービスに生かす。当面の目標は利用者数1万人の突破」と説明している。
また、将来を見据えて、今年から無料で提供を開始したのが、日本では「サイボウズLive」の名称で提供しているコラボレーションツールの中国版。すでに7万人のユーザーを獲得している。今は無料だが、ある程度のユーザー数が集まった段階で有償の付加サービスを発売する計画だ。
才望子信息技術(上海)の年商は約2億円。75%はサイボウズ本社からのオフショア開発による売上高だが、すでに黒字化している。今後は、約25%の自社製品・サービスの販売をどこまで伸ばせるかがポイントという。「間接販売体制の拡充と、中国企業向けビジネスの拡大がカギを握る」と黄総経理は強調する。
SIer JBCCホールディングスグループ
IBM中国法人との協業という武器
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| 森浩二・董事総経理。IBM出身で今年7月に現職に就いた |
JBCCホールディングス(JBCC-HD)は、傘下にSIerの日本ビジネスコンピューター(JBCC)など、17社の事業会社を抱えるITベンダー。中国には、大連と上海に子会社を置き、北京と広州にも拠点がある。スタッフの数は全拠点合わせて約55人で、中国に積極的に投資している。上海には2009年11月に佳報(上海)信息技術有限公司を設立。日系企業を主な対象に、IT製品販売とSI・ITサービス事業を手がける。そのトップに今年7月に就任したのが、森浩二・董事総経理だ。10年に日本IBMからJBCCに転籍し、11年4月から中国に赴任している。
JBCC-HDの中国事業の目標は、グループ全売上高の10%を占めること。グループ全体の目標売上高は15年に1000億円。つまり、100億円を狙うことになる。直近の目標としては、今年度以内(12年3月期)に上海市内のユーザー企業数を、新規で50社増やすことだ。
森董事総経理が、目標達成のために必要不可欠と感じたのが、IBMの中国法人との協業だ。今年4月から中国事業を担当することが決まった直後、森董事総経理は、上海ではなく北京で仕事することを選んだ。「IBMの中国事業のヘッドクォーター(中核拠点)は北京であり、北京で協業の提案や具体的なプランを詰める作業を進めたかった」からだ。
森董事総経理は、「IBMのブランド力は日本市場以上に強い。IBMと協業することで、日系企業だけでなく、中国企業からの案件獲得にも弾みがつくはずだ」と話す。日本IBM時代に培った幅広い人脈を生かし、IBMブランドを活用することで信用を得てビジネスを拡大しようという考えだ。IBMのハードとJBCC-HDのグループ企業がもつソフトを組み合わせたソリューションで、ユーザー企業向けセミナーを開催するなど、具体的な協業事例が出てきた。また、IBMの日本法人と中国法人の幹部、そして海外事業に強い思い入れがあるJBCCホールディングスの石黒和義会長とのミーティングも実現しており、中国で着々とIBMとの関係を築いている。
森董事総経理は、「日系企業だけを相手にしていたら、当社が掲げている目標に到達することは、まずできない。中国企業に対してどのようにアプローチするか、それを真剣に考えなければならない。中国人の幹部育成など、やらなければならないことがたくさんある」と語っている。
ユーザー企業 カシオ計算機
独特の文化に対応するシステム
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| 佐藤禎之部長。海外子会社の情シス部門歴が長い |
電子機器メーカーのカシオ計算機は、中国に6社の子会社を抱えてビジネスを展開している。そのなかの1社が、カシオ(上海)有限公司だ。佐藤禎之・経営管理部業務管理部部長は、12人のスタッフを束ね、物流管理業務やウェブサイトの運営を手がけながら、情報システム部門を統括する。
佐藤部長は、海外子会社の情報システム部門での勤務経験が長い。基幹システムの再構築などで、ドイツの子会社に2度赴任し、合計で10年駐在した。このほか、シンガポールへの赴任経験もあり、中国も今回が初めてではない。過去には広州や台湾の拠点で勤務したことがある。
海外子会社を含めて、カシオ計算機の情報システムは、「グループ全体でできるだけ統一したシステムを使うことにしている」という。基幹システムは主要な海外子会社はほぼ同じものを使っており、上海に基幹業務用のコンピュータはない。日本のデータセンターにあるシステムをネットワークを通じて利用しているという。ただ、中国法人独自で企画・運営するシステムもなかにはある。佐藤部長は情報システム部門の立場から、中国特有の要望についてこう話している。「中国のビジネスは非常にスピードが速い。すぐにシステムを立ち上げたかったり、拡張したがる場合もある。そうなると、利用できるまでの準備期間が短く、使った分だけ料金を支払うかたちで、すぐにやめることもできるクラウドは魅力的だ」。
また、仕事を発注するITベンダーの選定方法についてはこう話している。「日系と中国のITベンダーどちらも検討する。日系のIT企業は、日本語で話せるから近い存在ではある。ただ、日本のITベンダーのほうが中国企業よりも仕事の品質が高いとは限らない」。日本のITベンダーで、幹部や営業担当者が日本人であるとしても、実際にシステムを構築するのは中国人のケースが大半という。「その中国人が日本と同じ品質の仕事をしてくれるとは限らない」わけだ。「日本のITベンダーの仕事は中国よりも費用がかかる。品質が不透明で、費用が高ければ、絶対に日本のITベンダーを使うとはいい切れない」と続ける。
日系のユーザー企業だから、日本のITベンダーを活用するとは限らないというわけだ。中国に進出している日系ITベンダーにとっては、中国独特のスピード感に合わせた提案と商材、そして日本と同様のサービス品質を保てるかどうかが、カギを握るということだ。