日系SIerは中国の製造・流通業に熱い視線を送っている。製造・流通分野は日本の国際競争力が高い分野であり、日系ユーザー企業を中心とするサプライチェーンの構築需要や、中国地場有力企業からの引き合いが強いからだ。一方で、情報サービスの投資額が大きい金融・通信分野では、残念ながら日系SIerはこれまで十分なシェアを獲得してこれなかった。高度IT化が急ピッチで進む製造・流通業分野でシェア獲得を狙う。(取材・文/安藤章司)
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NEC東軟信息技術 尹健総経理 | 日立製作所 竹山雄一センタ長 | インテック 東野雅英総経理 |
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クオリカ 齊藤哲男総経理 | B-EN-G 岡文一董事長 | NRI北京 中島務部長 |
高度IT化進む製造・流通
中国の情報サービス分野で巨大なIT投資が行われている分野は、金融・通信分野である。国の経済を支える基幹インフラシステムであり、しかもITなしには成り立たない分野でもあるからだ。また、金融分野のIBM、通信分野のヒューレット・パッカード(HP)など外資系の活躍が目立っている。近年、ようやく中国をオフショア開発の生産拠点ではなく“マーケット”として捉え始めた日本のSIerは、先行する世界ベンダーにおいそれとは追いつけない。この領域はじっくり腰を据えて取り組むしかないものの、その一方で、日本の強みを生かして猛烈に受注を伸ばしている分野がある。それが製造・流通分野だ。
NECと中国大手SIerである東軟集団(Neusoft)の合弁会社NEC東軟信息技術の尹健総経理は、「中国の情報サービス市場のおよそ7割は金融・通信関連で占められていたが、これからは製造・流通サービスの割合がぐんと増える」とみる。高度経済成長を続ける中国で金融・通信のIT投資が一巡したとはいいがたいが、それよりもこれまで規模の割にはIT投資の絶対額が少なかった製造・流通分野が、今後、本格的な高度IT化を進めると尹総経理は予測する。日系SIerは、自ら強みとする分野だけあって、主力商材やサービスを次々と中国に投入し、並行して販売チャネルの開拓に邁進している。
ITホールディングス(ITHD)グループで、建機メーカーのコマツが一部出資するクオリカは、コマツを中心とするサプライチェーンをフルに活用して主力の生産管理システム「AToMsQube(アトムズキューブ)」の売り込みに全力を挙げる。同じくITHDグループのインテックは、東洋ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)の生産管理システム「MCFrame」を担ぎ、日立製作所は中国市場向けに開発した生産管理システム「WEBSKY-Light(ウェブスカイライト)」を今年から投入している。JBCCホールディングスも、グループ会社で生産管理システムを開発するリード・レックスの「R-PiCS(アールピックス)」の中国市場での展開を着々と進める。
生産管理システムは、製造業の基幹業務を支える中核商材であり、サプライチェーンと密接に関連する。それだけに「ユーザー同士の縦のつながりが何より重要な狭い世界」(日系SIer幹部)といわれている。クオリカと日立製作所が採った販売戦略は、まさにその“狭い世界”で威力を発揮する方策である。
発注者側から順に売り込み
クオリカは、コマツの主力工場の一つがある山東省に目をつけた。コマツの周囲には日系の協力会社が多数進出しており、まずはその一社である興和工業所で2011年1月、「AToMsQube」の本稼働にこぎ着けた。興和工業所の六車壽夫社長は、「コマツからの紹介なら間違いはないだろう」と導入を決めた。同じパターンで「山東省や江蘇省などで、すでに数社から受注を決めている」(クオリカの西田光志社長)と、2010年秋から本格的に中国で売り出した「AToMsQube」の販売が好調に推移していると顔をほころばせる。
日立製作所は、2011年2月から販売を始めた「WEBSKY-Light」について、まずは日立製作所グループへの納入を急ぐ。すでに自動車用イグニションコイルなどを製造する日立グループの阪神エレクトリックが、上海からほど近い江蘇省常熟市に開設した事業所で採用を決めているほか、「第一段階として、中国に工場をもつグループ会社への納入拡大を急ぐ」(日立製作所の竹山雄一GEMPLANETソリューション部長兼WEBSKYセンタ長)と勢い込む。
協力会社は納品先メーカーとのシステム上の親和性を重視する。とはいえ、日立製作所やコマツ本体が使っている生産管理システムは巨大すぎて適用しづらい。そこで登場するのが、中堅製造業向けの「AToMsQube」や「WEBSKY-Light」などだ。さらに、中国での業容拡大が進んだり、当初から高い管理レベルを求めるユーザーには、ITHDグループではインテックが担ぐ「より大規模かつ複雑な生産や原価計算に対応できる『MCFrame』を提供する」(インテック中国法人の東野雅英総経理)という方策をとり、日立製作所ではLight版でない「WEBSKY」を揃える。
サプライチェーンが鍵
先に、日立製作所の竹山センター長が「第一段階として」と発言したのは、当然ながら、第二、第三段階があるからだ。中国の顧客に商品を買ってもらうには、中国で工場を建てて雇用を生み、納税する“貢献”が欠かせない。日本から中核部品をもって行って、中国ではただ組み立てるだけという手法は、早晩通用しなくなる。コスト面からみても、「主要部材の現地調達率を高めていく必要がある」(クオリカ中国法人の齊藤哲男総経理)。つまり、中国地場の有力サプライヤーとの取引の拡大が見込まれており、ここに生産管理システムを売り込むチャンスが広がる。サプライチェーンの、まずはできる限り発注者側に近いところからシステムを納入し、順次、受注側へ展開していくことでサプライチェーン全体をカバーしていく戦略である。
クオリカは「AToMsQube」を早い段階で100本、日立製作所は「WEBSKY-Light」を2015年をめどに800社への納入を目指す構えだ。B-EN-Gも、今は日系製造業中心の販売先だが、向こう3年で「中国での売り上げのうち3割余りを中国地場企業向けで占めるようにする」(B-EN-G中国法人の岡文一董事長)としており、「MCFrame」のトップセラーであるインテックをはじめ、ビジネスパートナーとの協業を通じて中国地場市場への食い込みに強い意欲を示す。
サプライチェーンは製造業だけでなく、流通業にもつながる。野村総合研究所(NRI)が注目しているのは、流通小売業向けの情報システムである。NRIは中国進出にも積極的に取り組むセブン&アイ・ホールディングスを顧客に抱え、流通小売業に精通するSIerだ。このノウハウを中国にも展開するにあたって、中国でのサプライチェーンに焦点を当てる。広大な国土をもつ中国では、店舗数が多くなり、情報共有がネックになる。「日中の流通小売業を上位を比べると、中国の店舗数はざっと日本の10倍。しかし店舗あたりの売上高は少なく、改善の余地は大きい」(NRI中国法人の中島務・NRI北京産業システム事業部営業担当部長)とみる。
クラウド/SaaSで全中国へ
そこでNRIが投入するのが、流通小売業向けの基幹業務や店舗・倉庫管理、情報共有をトータルでカバーするシステム商材だ。基幹系や店舗系といったように個別で納入するのではなく、サプライチェーンを支えるEDI(電子データ交換)など、「“点”ではなくて“線”、さらに業界といった“面”でビジネスを拡大していく」(NRIの中島部長)という施策を打つ。すでにアパレル分野で実績が出始めており、順次、他の流通小売分野への横展開を進めていく。
もう一つ、中国ビジネスで欠かせないポイントがクラウド/SaaSだ。前出の「AToMsQube」「WEBSKY-Light」ともに客先にハードウェアを設置しない月額課金型のクラウド/SaaS方式での提供を主体としている。日本の国土の約25倍もある中国は、生産拠点・販売店舗ともに数を多くしなければ対応できず、自ずと広域化する。客先設置型の従来型のシステムでは運用の手間がかさむため、「クラウド/SaaSへの需要が急速に高まっている」(NEC東軟信息技術の尹総経理)という。NEC東軟は両社のSaaS商材と東軟が中国で運用するデータセンター(DC)を組み合わせて、中国でクラウド/SaaSビジネスを立ち上げることを主な目的として、すでに販売物流やRFID(無線タグ)を活用したサービスを展開中だ。
インテックも、兄弟会社でITHDグループのTISが天津で運営している大型DCに「まずはITHDグループがもつSaaS商材を集め、クラウド/SaaSの一大拠点にする」(インテックの東野総経理)と、SaaS商材を重視する。ITHDグループは直近で50を超えるSaaS商材を揃えており、中国市場への投入数を順次増やしている。
中国での金融・通信分野で出遅れた日系SIerだが、今後、IT投資のより一層の拡大が見込まれる製造・流通市場で、クラウド/SaaSを軸にどれだけシェアを伸ばせるか──。日系SIerの得意分野だけに、今後の中国ビジネスの成否に大きな影響を与えそうだ。