大手セキュリティメーカーのトレンドマイクロ(エバ・チェンCEO、2011年の日本の売上高=約490億円)は、製品をユーザー企業のニーズにカスタマイズして提供するソリューション事業を推進している。アンチウイルスなど、製品のみを提供する従来型ビジネスの伸びが今後は4%前後と低水準にとどまると判断して、中長期的に事業を本格的に伸ばすための戦略に転換する。今後、製品をカスタマイズする「サービス」による売上比率をおよそ10%に引き上げ、成長の原動力にしていく。(ゼンフ ミシャ)
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大三川彰彦 副社長 |
日本ビジネスを統括するトレンドマイクロの大三川彰彦副社長は、「統合型サーバーセキュリティ『Deep Security』を主要な商材として、ソリューション事業に本腰を入れ、日本の総売上高を2016年に780億円超に伸ばしたい」と、2011年比で数百億円レベルの成長を目標に掲げる。
トレンドマイクロは、サーバーやパソコン、モバイル端末向けのエンドポイントセキュリティを製品単体で展開する従来の販売モデルでは本格的な伸びを見込めないとして、昨年、「カスタマイズ」をキーワードとする企業向けソリューション事業を立ち上げた。
カスタマイズの意味するところは、「Deep Security」など、製品を単体で提供するだけではなく、ユーザー企業のニーズに合わせて機能を細かく調整したり、導入後のネットワーク監視サービスを提供するなど、ユーザー企業個々のIT環境を適切に保護することだ。このところ、特定の企業や組織、あるいは一定のメンバーを狙う「標的型攻撃」が増えており、ユーザー企業は自社環境に適したセキュリティを求めていることが、トレンドマイクロを「カスタマイズ」戦略に駆り立てた要因とみられる。
同社は、ユーザー企業のカスタマイズの要望に柔軟に対応できるように、昨年8月、営業部隊とモニタリング部隊、サポート部隊を統合する「ソリューション事業本部」を新設した。トレンドマイクロのハイタッチ営業で案件を獲得し、システムインテグレーション(SI)パートナーとともに「カスタマイズ」の実績を積み重ねてきている。大三川副社長は、「今年1~3月、公共系の案件を中心に、大きな取引を数件受注している。なかには、仮想サーバー1000台以上に「Deep Security」を入れてサービスを提供するという案件もあって、サービス提供だけで数千万円の契約を結ぶケースもある」というように、ソリューション事業が順調なスタートを切っていることに自信を示している。
トレンドマイクロは、ソリューション事業の立ち上げに先駆けて、2009年頃からハイタッチ営業を強化しており、ハイタッチ営業で獲得した案件を実ビジネスに結びつけるために、急ピッチでSIパートナーの拡充を推進している。これまでは、富士通やNECなどメーカー系や、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)などSIer系を中心とする限定的なパートナーがトレンドマイクロのソリューション事業を手がけてきたが、標的型攻撃の急増に対応するセキュリティ需要の高まりを受け、ソリューション展開ができるパートナーをさらに多く求めている。
トレンドマイクロが喫緊の課題としているのは、ソリューション展開に必要なパートナーのスキルをいかに伸ばすかである。大三川副社長は、「最近は、幅広いパートナーからソリューション販売を行いたいとの要望を寄せられるので、パートナープログラムの対象を広げる」として、ユーザー企業を標的型攻撃から守るノウハウをはじめ、パートナーに専門知識を用意する「スキルセット」を提供していく。「セキュリティの販売は、ソフトウェアを売るだけではなくなって、サービス(カスタマイズ)と一緒に提供する手法が主流となりつつある。メーカーとして、その動きに対応するために、サービス・サポートの提供ができるパートナーとタッグを組んで、スキルを補完し合う世界をつくらないといけない」と、パートナー向けの支援策を強化する方針を述べる。
トレンドマイクロは法人事業において、ソリューションビジネスのほかに、主に中堅・中小企業(SMB)の開拓を目指して製品をSaaS型で提供するサービスビジネスの拡大に取り組むが、本格成長に欠かせない基盤としているのはソリューションビジネスの強化だ。同社は現時点で、製品の提供をメインの売上源としている。今後、ソリューション事業を強めることによって、サービスによる売上比率を10%に引き上げることを目指し、サービスのウエートを徐々に高めていく計画だ。
表層深層
セキュリティは、自社の安全を守るうえで、どの企業にとっても必須のIT製品となっている。そんな情勢の下、セキュリティ業界は長年にわたって堅調な伸びを示してきた。しかし、ここにきて、市場の伸びの勢いがスローダウンしつつある。調査会社のIDC Japanは、国内セキュリティソフトウェア市場の2010~15年の平均成長率を4.8%とみて、低い水準にとどまることを予測している。
市場の平均成長率からすれば、セキュリティベンダーの今後の事業拡大も、4~5%の水準を越えることはない、ということになる。言い方を変えれば、セキュリティベンダーは4~5%以上の成長を目指すならば、新しい事業を開拓したり、従来型ビジネスを見直す必要があるということだ。トレンドマイクロがソリューション事業の拡大を方針に掲げているのは、今後も本格的な成長を続けるための取り組みなのである。
IT業界全体からみれば、「ソリューションに注力する」ことは、決して目新しい動きではない。しかし、セキュリティ業界に関していえば、これまで製品をパソコンやサーバーの導入に合わせて提供するやり方が主流だったこともあって、セキュリティメーカー各社にとっては、ユーザー企業のニーズにあわせて製品をカスタマイズするソリューション事業の本格化は斬新な販売戦略とみられる。
トレンドマイクロは、サービスの提供によって、売り上げが拡大し始めているという。今後、ソリューション事業をどのくらい伸ばすかが、成長の分岐点となるだろう。