米ロータス・デベロップメントが開発した「Lotus1-2-3」。1980年前半までMS-DOS用表計算ソフトウェアの代名詞として名を馳せた。一時期、国内ではジャストシステムのワープロソフト「一太郎」と上位シェアを独占。だが、OSがMicrosoft Windowsへ移行するに従い、劣勢に立たされ、x86プラットフォームでのシェアを失う。インフォテリア社長兼CEOの平野洋一郎は、当時、ロータス日本法人に在籍していた。隆盛も悲哀も味わった経験は、今の平野を急がせている。(取材・文/谷畑良胤)
あの時と似ている──。今は、クラウドコンピューティングに注目が集まる。だが、「多くの独立系ソフトベンダー(ISV)は、クラウドに対して真剣ではない」。既存のパッケージソフトをクラウドへ移行させることに二の足を踏むISVに、平野は苦言を呈する。「Lotus1-2-3」は、ITの世界を一変させようとしていたWindowsから目をそむけ、DOS版に固執した。稼ぎ続けていたDOS版を捨てきれない。世の“流れ”を読めず、少しの判断ミスが、「Lotus1-2-3」を凋落させた時と情景が似ているというのだ。
インフォテリアは、「XML専業ベンダー」を旗印に1998年に平野と副社長兼CTOの北原淑行の二人で設立。創業当時からのデータ連携ミドルウェア「ASTERIA」を核に、iPhoneの初代機発売の年に出したスマートデバイスに対応した情報配信・共有サービス「Handbook」などを提供している。プロダクト展開するうえでの方向性は、クラウド、スマートデバイス、海外と、成長の余地のある領域に焦点を当てている。
「Lotus1-2-3」の轍は踏まない。クラウド、スマートデバイス、海外の三つのなかでも、クラウドの“流行”に敏感に反応する。だからこそ、クラウド技術やビジネスモデルで先行する米国のITベンダーに対するM&Aや資本参加、開発会社の買収、米国とアジア市場への進出に関する投資を積極果敢に行っているのだ。平野は、インターネット説明会の形式で実施した13年3月期の中間決算で、こう告げた。「積極的な投資に耐えうる高い自己資本率がある」。そのうえで、将来に向けた積極的な投資を継続すると宣言した。

インフォテリアが2011年4月に協賛したビジネススマートフォンカンファレンス2011」で、同社の「Handbook」の利用事例などを紹介し、注目を浴びた平野洋一郎社長。 インフォテリアの年商は約15億円。導入社数が3300社を超え、国内シェア5割に迫り、全売上高を支える主力の「ASTERIA」が転べば、経営環境が急速に悪化する危険性をはらむ。ステークホルダーは気が気ではないはずだ。こんな懸念に対して平野は言う。「“流行”に背を向けて、眺めるだけなら身を滅ぼす」。変化の激しい時代だ。リスクを承知で攻める。
インフォテリアの13年3月期は、SaaS型で展開する「Handbook」が業績に大きく寄与している。発売2年程度で、導入社数は500社を超えた。今期中には、同等の製品としては国内最大規模になる8000台のiPadに「Handbook」が採用された。導入したのは、証券最大手の野村證券だ。絶対的な地位を築きはじめ、東証マザーズに上場する同社の株価をも押し上げる。
「Handbook」のおかげで、「アップル関連株」として国内に定着した。それでも不安はある。こうしたイメージから、企業からの問い合わせは増える一方だ。だが、情報システム部門から入る案件は、8割がまとまらないそうだ。平野は、ユーザー側のクラウドに対する無理解を懸念する。平野は言う。「『ASTERIA』も『Handbook』も、国内で競合が少ない」。両製品に限らず、製品カテゴリー別でみても寡占状態の領域は多い。これでは競争環境が生まれず、この領域での市場は活性化しない。[敬称略]