日本の攻撃は「竹やり」戦法。向こう(米国)は「大砲」で、豊富な資金力をもとに、十分にマンパワーを投じて製品をつくり、がんがんマーケティングを展開する──。インフォテリア社長兼CEOの平野洋一郎は、今年1月6日に財界研究所から上梓されたばかりの書籍『シェアNo.1の秘訣』で、こんな意味のことを記している。ITベンダーに限らず、日本にはベンチャー企業が育つ環境が不足している。今さらの論だが、これが現実だ、ロータス日本法人に在籍していた平野には、米国との“兵力差”をひしひしと感じる。(取材・文/谷畑良胤)
単行本『シェアNo.1の秘訣』には、平野はロータスに入社する前、熊本大学を中途退学してソフトの世界に入ったという経歴が紹介されている。近所のパソコン・ショップに入り浸って、そこに開発部門を設立して開発を始めた。そのショップは地元信用金庫から100万円単位で融資を受けていた。だが、ロータスに移ると、その100倍の投資が入る。この差に唖然とした。「日本では、新しい会社は生まれない」。平野は過去の経験から、そう認識した。資金の問題が日本のパッケージソフト業界の歪みとなっている。平野はこんな視点を明らかにしてくれた。世界的にみても、日本の中堅・大手システムインテグレータ(SIer)には、システムエンジニア(SE)が多すぎる。「SIerにいる優秀なSEが、どんどん会社をつくればいい」。
しかし、日本のVC環境などを考慮すれば、SEがスピンアウトするにはリスクが大きい。だからこそ、資金力のある日本のSIerは、自社でパッケージを開発し、自社ルートで販売する仕組みが生まれた。平野は言う。「これでは競争力が育たない」。米国では、ISVが大量に生まれる。競争環境も厳しい。米国内で勝ち残ったISVが海外に出る。だから強い。
そんな平野が率いるインフォテリアは、米国シリコンバレーに開発拠点を構え、「Lingr(リンガー)」と「Rejaw(リジョー)」というサービスを同拠点の研究開発プロジェクトとして、2006年に提供を始めたことがある。前者は、ウェブアプリケーションを構築する際に利用する技術「Comet」を世界で初めて採用したブラウザのリコメンド・サービス。後者も同じ技術を使ったもので、現在のFacebookのようにリアルタイムに返答が返ってくる仕組みだ。
シリコンバレーに進出した理由は、データ連携ミドルウェア「ASTERIA」だけでは「一本足打法だ」(平野)という懸念からだ。世界のソフトの流行を知る目的だけでなく、もう一つの柱をつくろうとしたのだ。サービスは3年で終了したが、平野はこの機会に「iPhoneの技術を学んだ」という。現在の事業を支え、急速に導入を増やしている情報配信・共有サービス「Handbook」の基礎は、ここで仕込まれたのだ。
「Too late(遅すぎる)」。平野がよく発する言葉だ。多くのISVでは、パッケージソフトを開発する際、アイデアから詳細設計に移り、開発を始め、市場をリサーチし、販売チャネルを決めて発売する。平野にいわせれば、市場調査をして「確証」を得た段階では、「Too late」なのだ。
石橋を叩いて渡っている間に、米国のITベンダーや国内の競合他社が先行しているケースが多々あるからだ。資金力があれば、アイデア段階のソフトを数多く開発できる。どんどん発売し、消去法で残ったソフトが世の中で市場を形成することができるのだが……。だからこそ平野は、「クラウドコンピューティング」という、これからの重要な技術に無関心なISVの将来に危険信号を発するのだ。[敬称略]

MIJSが2012年10月に高知県で開催した「MIJS土佐ワークショップ」では、地域のソフト会社のあり方を考えるパネルディスカッションで、独自の考えが披露された(左から3番目がインフォテリアの平野洋一郎社長)