中国のビジネスで成功を収めている代表的な日系企業がイトーヨーカ堂だ。北京市に9店舗、成都市に5店舗を構えており、とくに成都市では、世界のイトーヨーカ堂のなかで最高の売上高を記録した店舗もある。その中国ビジネスの舵を取るのが、常務執行役員中国総代表であり、成都伊藤洋華堂と北京華糖洋華堂で董事長も務める三枝富博氏だ。三枝氏は、地域に根ざしたビジネスを展開してお客様との信頼関係を築くことで、ビジネスを拡大路線へと導いている。その経営手法とは、どのようなものなのか。(取材・文/佐相彰彦)
【Profile】
イトーヨーカ堂 三枝富博 常務執行役員 中国総代表中国室長
1949年生まれ。73年、明治大学法学部卒業。76年、イトーヨーカ堂入社後、文具玩具担当ディストリビューター、バイヤーを経て、93年、文具玩具部チーフバイヤー。96年、中国室に配属。97年から成都伊藤洋華堂に出向。今は、イトーヨーカ堂の常務取締役執行役員中国総代表中国室長であり、成都伊藤洋華堂と北京華糖洋華堂の董事長も務める。
反日デモではお客様の安全を第一に
──まずは現在の状況を教えてください。 三枝 実は、反日デモ以来、正直いって厳しい状況ではあります。現在は、発生当時ほどではなく、ほとんど収まってきていますが、最も厳しいと感じているのは、このような出来事が起きると、大人の影響を受けやすい子どもに日系企業が悪いイメージとして残ってしまうことです。これは当社にとって、大きなダメージだと受け取っています。
ただ、デモというのは、一過性のものだと捉えています。起こった時に、逃げるのではなく、きちんとつき合っていかなければならないと考えています。どのように対処しなければならないかを整理して、しっかりと現場をハンドリングする。このことが重要だと思います。
──日本では、さまざまな発言や企業による決断が下されました。 三枝 反日デモが起こった際、「テロ」と表現していた人がいましたよね。中国人は、テロとは思っていないので、そのように発言した人は中国の文化をまるで理解していないことになります。中国でビジネスをするには、中国人の価値観を理解しなければならない。中国が歴史的に抱えた痛みも理解し、「中国にお世話になっている」という気持ちでビジネスをしていかなければなりません。
そのような気持ちがなければ、中国でのビジネスで成功することはできないでしょう。最近は、「チャイナ・プラス・ワン」などと称して中国への投資を抑える日系企業が出ていますが、それでは中国でビジネスを拡大することはできない。中国に根ざしてビジネスを展開することが成功する秘訣です。お客様や地域と、いかに信頼関係を築くのかという根っこの部分が重要です。
──実際、デモの時は、どのような対応をされたのですか。 三枝 実は、中国でデモを過去に何度か経験していましたので、過去の経験を生かして迅速に対応しました。まず、このような大がかりなデモが起きたら、警察を頼ることはできません。自分のことは自分で守らなければならない。また、デモが起こった際、伊藤雅俊名誉会長から「くれぐれも順番を間違えるなよ」との連絡を受けて、すぐにぴんときました。建物や商品は、壊れても直せる。しかし、お客様との信頼関係はいったん壊れれば、なかなか修復することは難しい。それに、お客様を危険にさらすことは絶対にできませんので、お客様の安全を第一に考えました。次に社員の安全を考えました。
お客様の「満足」を追求する
──お客様との信頼関係を築いているということですが、その秘訣は何ですか。 三枝 当社では、個々の社員が1週間に一人のお客様を増やすことを心がけています。1週間に一人のお客様が増えれば、1年間で50人のお客様が増える。小売業は、その積み重ねです。それを怠ると、お客様が減ってしまう。
それには、お客様に選ばれることが大切なことになります。もちろん、企業として対象のお客様を定めて出店場所などを含めて、きちんとマーケティングすることは重要なのですが、それだけではビジネスは成り立ちません。お客様にいかに満足していただけるかが信頼関係を築く秘訣ではないでしょうか。
当社は、引き続き中級者層に特化した店舗運営を進めていきますが、お客様に満足してもらうためには、物売りだけではない店舗、お客様がくつろげる場など、サービスを提供することに専念しています。当店に来ていただければ、商品の購入やサービスを含めて、すべて完結できる。そんな店舗を目指して、お客様との信頼関係を維持していきます。
──三枝常務は成都市で業務に従事していますが、成都市の可能性について聞かせてください。 三枝 成都市には、5万m2級のショッピングモールが100か所に建設される予定です。その点でみれば、内陸部はまだまだ発展する可能性がある。当社も、10月には成都市温江区で新店舗をオープンする予定です。今後も、内陸部でビジネスを広げていきたいと考えています。

世界のイトーヨーカ堂のなかで最も高い売り上げを記録した成都市の双楠店。連日、多くの来店者で賑わっている