日本と中国の間で政治的緊張が続くなか、情報サービス業界は難しい舵取りを迫られている。SIer幹部のなかには、ASEAN/インド重視を意味する「脱中入亜」を唱える声も一部にあるが、日中の経済的結びつきの太さを考えると、実現性があるとは言い難い。(取材・文/安藤章司)
難しい局面に差しかかる
避けられない長期化
盛り上がってきた情報サービスビジネスにおける日本と中国の協業気運だが、今回の政治的摩擦で一気にブレーキがかかることが懸念されている。9月に発生した激しい反日デモはおおむね収まったものの、両国の政治摩擦の長期化は避けられない見通しだ。厳しい事業環境ではあるものの、情報サービスビジネスへの影響を最小限にとどめようと、模索が続いている。
●オフショア開発は大丈夫か? 日中の情報サービスビジネスは、(1)対日オフショアソフト開発、(2)中国での日系ユーザー企業向けビジネス、(3)日本のSIerの中国地場市場でのビジネスの大きく三つに区分できる。
まず、(1)については、政治摩擦の影響はほとんどないとみられる。図1に示したのは、調査会社のガートナー ジャパンが調べた日本企業のオフショアソフト開発の実施比率の推移だ。日本のオフショア開発の約8割が中国で行われるものであり、この比率はここ数年ほぼ変わっていない。このことから類推すると、2005年に小泉純一郎元首相による靖国神社参拝が日中間に軋轢を起こしたり、2010年の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に端を発した一連の激しい反日デモが巻き起こっても、日本のユーザー企業のオフショア開発とは、ほとんど相関関係がみられない。実施率の落ち込みが目立つのは2008年のリーマン・ショック時で、2012年はむしろ「オフショア開発は増加傾向にある」(ガートナージャパンの山野井聡・リサーチ部門代表)と予測されている。
図2で示した通り、2011年の日本のオフショアソフト開発の総額は約2863億円で、うち中国は77.9%を占めており、圧倒的に多い。ガートナー ジャパンはオフショア開発の発注額が増加傾向にあることから2012年は再び3000億円規模に回復するとみている。NECのオフショア開発を地域別でみても、約80%は中国が占めており、残り約20%はインドやフィリピン、ベトナム、その他となっている。NECの山元正人常務によれば、「中国では約4500人体制でソフト開発に当たっている」といい、その規模の大きさがうかがえる。
日本の情報サービス業にとって、オフショア開発はもはや欠かせない生産基盤であるが、政治摩擦で“もし、オフショア開発が中断したら”というような不安は杞憂と思われる。
●「メール」で起こるデモ 中国情報サービス業にとって、対日オフショアソフト開発は重要な外貨獲得ビジネスであり、インドやASEANとの激しい競争関係にある。中国政府系調査部門の中国工業和信息化部の統計によれば、2012年上半期(1~6月期)のソフトウェア開発の輸出額は前年同期比で6ポイント低下した11.7%増にとどまった。中国情報サービス業全体の上半期の売り上げが前年同期比26.2%で伸びているのに対して、ソフトウェア開発の輸出額の伸びは鈍る傾向にある。こうした状況下で、主要なソフトウェア開発の輸出先である対日オフショア開発を制限するのは、中国の自傷行為にほかならないからだ。
実際、9月中旬の中国全土100か所余りで巻き起こった大規模な反日デモは、当局による市民向けの携帯メールやメディアを使っての抑制で、見る見る間に収束に向かった。中国に駐在するあるSIer幹部は「携帯メールで収まった反日デモは、携帯メールでまた巻き起こる類いのもの」と、政治活動が制約されている中国ならではのデモ活動とみる。裏を返せば、一部暴徒化はあったものの、全体としては統率のとれた政治活動であり、外貨獲得の有望ビジネスを潰すような行動には出ないという見方が有力だ。
問題は、(2)中国での日系ユーザー企業向けビジネスと(3)日系SIerによる中国地場市場でのビジネスである。9月の反日デモでは、日系のスーパーやコンビニ、日本車の破壊が行われ、けが人も出た。この9月、トヨタ自動車は中国での新車販売が前年同月比で5割近く減り、ホンダは約4割減ったとの報道もある。中国の一般消費者が、周期的に起こる反日デモのたびに破壊される恐れのある日本車を敬遠することは容易に想像できる。
日系SIerにとって、中国に展開している小売・流通サービス業や自動車メーカーは有力な顧客であり、仮にこうしたユーザー企業が中国での事業を縮小せざるを得ない苦境に追いやられた場合、中国での日系ユーザー企業向けビジネスは大きな打撃を受ける可能性がある。次項からは、日系SIerの中国ビジネスの今後のあり方についてさらに詳しく考察する。
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