日本政府がICTインフラの輸出に本格的に乗り出した。ミャンマー政府は、日本の政府開発援助(ODA)を活用して、インターネット環境整備事業を推進しており、これを住友商事(中村邦晴社長)、NEC(遠藤信博社長)、NTTコミュニケーションズ(有馬彰社長)のコンソーシアムが受注した。ヤンゴン、マンダレー、ネピドーの都市内と3都市間の通信インフラとして、光通信網を整備する。安倍政権は、今年3月、日本企業によるインフラ輸出を推進するために、内閣官房長官を議長、関連省庁の大臣を構成員とする「経協インフラ戦略会議」を設置。ICTインフラの輸出にも重点的に取り組んでいる。日本のITベンダーが真にグローバル市場で活躍するための環境づくりという側面も大きいこの施策を、国はどう舵取りするのか──。(本多和幸)

関 総一郎
総務省
情報通信国際戦略局
次長 ICTインフラの輸出に関する国の施策のイニシアティブを握るのは、総務省情報通信国際戦略局だ。同局の関総一郎次長は、ICTインフラ輸出の基本的な方針として、「2種類の施策を展開する」と説明する。
一つは、今回、住友商事、NEC、NTTコミュニケーションズのコンソーシアムが受注したミャンマーのインターネット環境整備事業のように、開発途上国の基盤的なICTインフラ整備を支援するもの。そしてもう一つは、その次の段階、つまり個別のICTシステムを相手国の社会インフラに実装するという取り組みだ。
ただし、日本のITベンダーが海外で活躍するチャンスを広げる環境づくりという観点では、より重要なのは前者といえる。
ITベンダーが海外にビジネスチャンスを求める際、未開拓の部分が大きい新興国をターゲットにするのは自然なことだ。しかし、関次長は「途上国では、ICTインフラ整備の基本構想を策定する際、どこかの先進国が全面的に協力している場合がほとんど。そうすると、他国のベンダーがICTシステムの調達の段階で競争に参加しても、なかなかビジネスとしての広がりが出ない」と指摘する。つまり、開発途上国でのICTビジネスは、ICTインフラ整備の基礎的な計画づくりにいかに食い込めるかという、国単位の競争の結果が、ベンダーにとっての市場の規模を決める大きなファクターになっているということだ。
ミャンマーは、今年12月にASEAN全10か国と東ティモールが参加する東南アジア最大の総合競技大会「SEA Games」を開催するほか、来年にはASEANサミットの議長国も務める。また、再来年の2015年には総選挙を控えており、ICT環境の整備が急務となっている。そうした事情から、ミャンマー政府は国内主要3都市内と都市間を結ぶ通信インフラ整備の支援を日本政府に要請。2012年12月にODAによる17.1億円の無償資金協力が決定した。
今回のインターネット環境整備事業は、この資金を使って、ヤンゴン、マンダレー、ネピドーの都市間を結ぶ伝送容量30Gbpsの高速・大容量光通信網を整備するとともに、各都市内にLTE通信、固定電話、インターネット通信用に、10Gbpsの光通信網を整備。LTE通信ユーザー4万人、固定電話ユーザー150万人、インターネット通信ユーザー100万人が同時にサービスを利用できる規模のICTインフラを構築する。
ただし、この事業はミャンマーにとって、直近に迫った大イベントに備えるための緊急整備事業的な色彩が濃く、国内全土のICTインフラをどのように整備していくかという具体的な青写真はまだできていない。日本政府が次に狙っているのは、その計画策定支援を産官連携で担うことだ。関次長は、「今年の冬にはミャンマー側に基幹ネットワーク整備計画を提案し、合意に何とかこぎ着けたい。資金的には円借款による支援となる可能性が高い」と説明する。
ミャンマーに対しては、政治レベルでも積極的にアプローチしており、今年1月には、柴山昌彦総務副大臣がITベンダーなど25社の民間企業とともに同国を訪れ、日本のICT技術を売り込んだ。さらに今年5月、安倍晋三首相がこれを超える40社の経営幹部を率いてミャンマーを訪れ、ICTを核とした日本のインフラ技術を強力にPRし、日本企業にとってのビジネスチャンス拡大を後押ししている。
3都市のインターネット環境整備、そしてミャンマー全体のICTインフラ整備基本計画が日本主導のもとに進めば、個別のソリューション提供でも日本のITベンダーが競争力を発揮できる可能性は高い。関次長も、「住民登録システムや税関システム、防災システム、交通システムなど、日本のITベンダーが既に海外で実績を上げつつあるソリューションは多い」と期待を寄せる。国としても、産官連携をさらに進め、ビジネスマッチングの機会を増やしたい考えだ。
表層深層
ICTインフラ整備の基本計画策定という「上流」の分野から囲い込むことで、関連する日本企業のビジネスチャンスを拡大する。政府は、ミャンマーでの取り組みをこうした戦略のモデルケースとしたい考えだ。ITベンダーにとっては歓迎すべき動きだろう。IT、ICTを成長戦略の柱の一つに据える安倍政権の面目躍如といったところか。
一方で、ミャンマーでの携帯電話事業の免許落札で、KDDIを中心とする日本の企業連合が、カタールとノルウェーの企業に負けたことは記憶に新しい。新興国におけるビジネスの難しさを如実に表す出来事だった。ICTインフラの輸出、そしてICTソリューションの輸出もそう簡単に実現できるわけではないということだろう。
関次長は、今冬のミャンマーへの基幹ネットワーク整備計画提案に向け、「相手国の政府と腰を据えて対話をしながら信頼関係をつくり、相手のビジョンに合った基本構想をいかに構築できるかがポイント」と気を引き締める。また、日本のITベンダーに対しては「品揃えはできている。それを相手国のニーズに適した“価値”をもつソリューションに仕上げる努力を真剣にしてほしい」と注文する。(本多和幸)