東南アジアの市場に参入する日系IT企業が増加しているが、そのなかでもマレーシアに進出するITベンダーが目立つようになってきた。マレーシアの社会・経済環境に魅力を感じて、現地企業との資本提携で子会社を設置したり、設備投資額を増やしたりする日本のITベンダーが増えている。各社はどのような思惑でマレーシアを選んだのか。現地取材で実情を探った。(木村剛士)
東南アジア諸国のなかでのマレーシアの優位点としては、安価な人件費や整備された社会インフラ、安定した政治、企業向け優遇措置の充実度、英語を話す人材が豊富なこと、シンガポールに近い立地などが挙げられる(表1参照)。ASEAN加盟10か国のなかで、人口もGDPも経済成長率もトップではないが(表2参照)、優位性を感じてマレーシアに進出する日本企業が増えつつある。マレーシア政府の団体で、日本のIT・アウトソーシング企業の誘致を手がけるマルチメディア開発公社の杉山尋美日本代表は、「ここ数か月で視察の要望など、問い合わせが急増している」と状況を語る。
実際に、今春、日本の大手ITベンダー2社がマレーシアに打って出た。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は、伊藤忠商事とともに、米大手ITサービスのコンピュータサイエンスコーポレーション(CSC)がもつシンガポールとマレーシアの現地子会社の全株式を、9000万USドルで取得して子会社化した。5月下旬に、クアラルンプールで記念式典を開いて、本格的に営業活動を始めた。CTCがマレーシアでビジネス展開するのは今回が初めて。買収した2社の合計売上高は約170億円で「CTCはいい買い物をした」(日本の大手SIer)とうらやむ声がある。
CTCの長谷部英則・グローバルビジネス推進本部本部長は、記念式典で「2015年度に海外売上高比率を10%にするのが全社の目標。金額でいえば400億円ほどだろう。そのすべてを東南アジアで稼ぐつもりだ。メインはシンガポールとタイ、インドネシア、そしてマレーシア。マレーシアの経済成長率は、ASEAN加盟国のなかでトップではないが、高水準を維持している。当社にとって重要な国だ」とマレーシアに進出した理由を語る。

CTCはマレーシアで営業開始を告知する式典を開催(左)。日立システムズの合弁相手、サンウェイは本社隣りに新オフィスビルを建設中(中)。NTT Comは四つ目のDCの建設を急いでいる(右)。 日立システムズもCTCと同様に現地企業と手を組むことで、マレーシアに初めて進出した。財閥系コングロマリット企業であるサンウェイグループの情報システム子会社と合弁で日立サンウェイインフォメーションシステムズ(日立システムズの出資比率は51%)を設立し、4月17日に営業活動を開始した。東南アジアに拠点をもっていなかった日立システムズは、サンウェイとの協業によって東南アジア事業の足がかりを掴んだ。「マレーシアを中核拠点にして、今後はインドネシア、シンガポール、フィリピン、ベトナムに勢力を広げる」(Cheah Kok Hoong CEO)と意気盛んだ。
この2社だけでなく、すでにマレーシアで事業を展開する企業も投資を増やすムードにある。1997年から営業しているNTTコミュニケーションズ(NTT Com)のマレーシア法人は、4つ目のデータセンター(DC)を建設中。3か所あるDCの規模は300~600ラックなのに対し、4か所目のDCは1000ラック級と強気。「マレーシアは電力が安く、ネットワーク回線も安定している。地震も津波もない。マルチメディア開発公社の支援も手厚く、他の東南アジア国に比べて恵まれた環境にある。グローバル企業が各拠点の情報システムをマレーシアに集約する動きが最近顕著で、この需要をつかむ。この程度(1000ラック級)のDCをつくらなければ、売るものがなくなる」とNTT Comマレーシア法人の小野潔COOは説明する。
また、独SAPのERPビジネスに強いアビームコンサルティングのマレーシア法人では、マレーシア以外での仕事が増えている。「マレーシアでSAPのようなERPを使うユーザーは、ほぼERPを導入済みで新規需要はあまりない。しかし、英語圏でSAPのERPを導入するプロジェクトの開発の一部を請け負う仕事が増えている。クアラルンプールに住む人はほぼ英語を話し、ソフト開発力も高い。にもかかわらず、シンガポールよりも人件費が安い。このような特色をもった国はマレーシア以外にないはず。英語圏のSAPプロジェクトをマレーシア法人が中心になって進めている」(鈴木章夫マネージングディレクター)という。
東南アジアでの進出先は「シンガポール」が常道で、日系IT企業がシンガポールを中核拠点にするケースは多い。だが、その隣国マレーシアにも熱い視線が向けられ始めているのだ。