明治大学は、教育支援情報システムで大きな課題を抱えていた。教育支援情報システムは、主に大学と学生・教職員をつなぐ「学内ポータル」と「学習管理システム(LMS)」などで構成しており、大学の情報共有基盤の中核を担うシステムである。同大学はITの活用に積極的に取り組んでおり、2000年初頭から教育支援情報システムの構築に取り組んできた。だが、前世代のシステムは運用開始から10年あまりが経過し、「陳腐化が避けられない」(明治大学情報メディア部メディア支援事務室の筧直之氏)状態になっていた。
【今回の事例内容】
<導入機関>明治大学学生・教職員数3万人を超える総合大学。IT活用を意欲的に進めており、今回の教育支援情報システムの刷新もその一環だ
<決断した人>明治大学メディア支援事務室
筧 直之 氏
「使ってもらえなければ意味がない」を信念に、学生・教職員からの徹底的なヒアリングを実施。当初の狙い通り、システム刷新後は学習管理システム(LMS)の利用率は倍増した
<課題>2000年初頭から構築してきた教育支援情報システムが旧式化して、手直しだけではカバーしきれなくなってきた
<対策>スマートデバイスへの対応や、全学に向けたメール配信の高速化などを目標に、システムの入れ替えを図る
<効果>オープンソースソフト(OSS)をベースに構築することで、当初の目標をクリアするとともにコストも抑えた
<今回の事例から学ぶポイント>ユーザーはOSS活用によるベンダーロックを回避しつつ、ベンダー側は他大学への横展開を念頭に低コスト化を実現した
スマートデバイス対応は必須
明治大学の教育支援情報システムが陳腐化した大きな要因として、スマートフォンやタブレット端末などの爆発的な普及が挙げられる。パソコン用に設計されたウェブ画面は、スマートフォンで見られなくはないが、やはり無理がある。もう一つはメール配信のスピードの遅さ。台風や地震などの災害発生時に、急ぎで大学から学生・教職員にメールで情報を伝えようとしても、旧システムでは「一学部全員に配信するのに1時間かかり、全学部に配信し終える頃には日が暮れてしまう」と頭を抱えていた。何度か手直しはしてきたものの、この10年間、改修に次ぐ改修でシステム全体のバランスが悪いうえに、改修コストもバカにならない。
そこで、明治大学は教育支援情報システムの刷新を決意。ITベンダー10社余りに声をかけたなかで異色の提案をしてきたのがキヤノンITソリューションズ(キヤノンITS)だった。同社の提案は「学内ポータル」と「学習管理システム(LMS)」をオープンソースソフト(OSS)を活用して構築するというもので、値頃感があるだけでなく、明治大学の要求仕様に合うようカスタマイズやチューニングができるというのだ。OSSならば、商用パッケージソフトを使うよりも「ベンダーロックがかかりにくい」(筧氏)という感触も得て、キヤノンITSの提案を受け入れた。
キヤノンITSは学内ポータルをOSSの「GateIn」、LMSは同じくOSSの「Moodle」をベースに開発。異なる種類のOSSではあるが、キヤノンITSが改良を加えることでユーザーインターフェース(UI)や操作感の整合性を高め、他のサブシステムも含めて一体的な動作・運用を可能にする。スマートデバイスや多言語にも標準で対応した最新のアーキテクチャを採用。授業中、簡単なアンケート(小テスト)を実施したり、学生からの意見を書き込んでもらうなどのリアルタイム性能を高めた。
ログイン処理で壁にぶつかる

キヤノンIT
ソリューションズ
金盛友孝氏 コスト面では、実はもう一つの施策がキヤノンITS側にはあった。明治大学の了承を得たうえで、OSSベースの自社製品として横展開することを視野に入れていたのだ。OSSを基盤に採用しているのでコスト面で有利に働くが、つくり込みでコストがかかってしまっては意味がない。そこで自社商材化による横展開を念頭に置きつつソロバンをはじき、「価格競争力がある提案を行った」(キヤノンITS基盤開発センター基盤開発第一部の金盛友孝氏)という点も、明治大学から評価された。
2013年4月の本稼働を控え、半年前ほどから一部の学生・教職員に参加してもらってのテスト運用を始めたが、ここで大きな壁にぶち当たった。全学向けメール配信を約15分で完了する高速化や、統一感のあるUIの改良は順調に進んでいたが、同時ログイン機能に弱点が見つかったのだ。明治大学の3万数千人の学生・教職員が快適に使うためには、計算上、1000人分のログイン処理を“同時に”こなす性能が求められていた。
システム的には、ただログイン(ユーザー認証)を行うだけでなく、「ユーザー個別の情報をデータベース(DB)のなかから検索し、出力するまでがログイン処理の一連の動作」(金盛氏)を行うものだ。法学部1年生なら法学部1年生向けの情報、院生なら院生用、教職員なら教職員用に必要な情報をポータル画面に出力することで情報の円滑な共有を図る。サーバーの性能をいくら高めても、DB検索のアルゴリズムを最適化しなければスピードは出ない。キヤノンITSでは数か月を費やしてDBの徹底的なチューニングを行い、最終的には明治大学の要求を満たし、期日までの本稼働にこぎ着けた。
キヤノンITSは同大学での本稼働後から1年あまりたった今年6月、この開発ノウハウをベースに汎用性を大幅に高め、キヤノンITSの自社商材「in Campus(インキャンパス)」として販売をスタート。同社は、向こう3年間で30大学への展開を目指している。(安藤章司)