コスト増大に向き合う 生き残る術はこれだ
全体としては、アウトソーシングビジネスが伸びていきそうな大連。しかし、需要はあっても、現地のIT企業は、人件費高騰と円安元高という負担増大を避けて通れない。従来通りの単純なコストメリットを利用したビジネスモデルでは、利益のねん出は難しくなるばかりだ。発注元企業が自社グループ企業の場合は、値上げ交渉の融通もきくだろうが、それ以外では値上げにも限界がある。大連のIT企業は、どのようにしてこの苦境に立ち向かっているのか。
●王道は内陸の活用 
大連華暢網信技術
尹新宇
副社長コスト上昇に対する対策として代表的なのが、大連よりも人件費が安い内陸地の人的リソースを活用するという方法だ。成都や武漢、西安といった内陸地の人材は、沿岸部と比べて30~40%程度、人件費が安いといわれている。大連側では、プロジェクトマネジメントや品質管理に専念し、実際の開発は内陸にアウトソースすることで利益を確保しようというわけだ。
310人ほどの従業員を抱えるオフショア開発企業の大連華暢網信技術は、2011年に遼寧省・鞍山市に、コスト削減のための新拠点を設立。現在、約50人体制でコーディングなどの工程を担っている。大連華暢網信技術の尹新宇副社長は、「鞍山の人件費は、大連の70%くらい」と説明する。
しかし、内陸地の活用だけでは、十分ではない。現在は人件費が大連の70%だとしても、年10%程度の人件費上昇は避けられないからだ。数年で、今の大連と変わらない人件費になる。尹副社長は、「大連では5年後に、内陸でも10年後には、オフショア開発を中心とするビジネスモデルが成り立たなくなるだろう」と語る。
●業務を10%ずつ効率化 
軟銀芘愛思(大連)科技
大塚泰広
総経理オフショア開発で生き残るには、内陸の活用に加えて、コスト上昇を想定した対応策が必要だ。ソフトバンクのオフショア開発拠点で、現在は約1450人の従業員を抱える軟銀芘愛思(大連)科技は、成都などの内陸地の活用を検討する一方で、業務の徹底した効率化を進めている。ソフトバンクグループがもつITシステムを導入し、データのアナログ管理を電子化によって効率化したり、Excelでマクロを活用したり、自動化ツールの採用で開発工程を減らしたりしている。大塚泰広総経理は、「人件費高騰と円安の進行を前提として、ビジネスモデルを設計するべき。当社では、1元あたり20円を超える為替を想定レートとしている」と語る。将来の負担増大に備えて効率化を進めてきた結果、「1元あたり18円の為替でも、国内の70%のコストで請け負って、利益を捻出できる体制を構築している。売上高の年2ケタ成長は、当社にとってはあたりまえだ」と自信をみせる。
さらに、ソフト開発では、請け負う開発工程の範囲拡大に取り組むのが主流になってきている。従来のようにプログラミングやコーディングといった下流工程だけでなく、要件定義や概要設計といった上流工程を扱うというもの。上流工程は、下流工程よりも案件単価が高いので、比較的利益を出しやすい。
●業務範囲を拡大 BPOの領域でも、業務内容の高度化は、案件単価を上げるにあたって欠かせない。従来のデータエントリなどの単純業務ではなく、財務や人事など、業務部門を丸ごと請け負う企業が増えている。その典型例がアクセンチュアだ。
アクセンチュアは、大連を対日オフショア開発・BPOの中心地と位置づけている。従業員数は2000人超。人員数と売上高は、毎年2ケタ成長をしている。来年には、オフィスを拡大し、ビルを新たに1棟丸ごと借り入れることを計画している。
好調の要因について、馬場昭文・執行役員オペレーションズ本部統括本部長は、「業務の効率化を図っていることと、アナリティクスを提供していること、業務全体のアウトソーシングを手がけていること」の三点を挙げる。このなかで特筆すべきは、業務分析(アナリティクス)によるコンサルティングを提供していることだろう。BPOのサービスの一環として、業務のコンサルティングを加えることで、顧客満足度の向上につなげている。当然、顧客からの信頼度が高まれば、長期契約も結びやすくなる。

中軟国際科技服務(大連)
白宇鵬
日韓業務線
企画営業部
部長ただし、業務の効率化や業務範囲の拡大は、短期間に実現できるものではない。ITシステムを導入したり、時間をかけて人材を育成していく投資体力が求められる。アクセンチュアの場合、グローバルに60か所のデリバリセンターを抱えていて、中国では上海、成都、大連の3か所に計6560人の体制を敷いている。拠点が豊富なことが、業務効率化やコンサルティングのノウハウを蓄積しやすいという長所となっている。
同じく、1400人超の従業員を抱える軟銀芘愛思(大連)科技の大塚総経理も、「今後は業務全体をカバーするBPOビジネスを拡大していく」考えだ。同様に、1000人の従業員を抱える中軟国際科技服務(大連)も、業務全体を覆うBPOサービスを提供していて、白宇鵬・日韓業務線企画営業部部長は、「今後は高付加価値なBPOサービスの割合を増やしたい」としている。
●相互協力を進める 
大連必捷必信息技術
李海瑞
総経理大連のIT企業間での連携も進んでいる。約250人の従業員を抱える大連必捷必信息技術(DJB)の李海瑞総経理は、「最近では、オフショア開発企業間でのエンジニアの派遣が増えている」と説明する。稼働率を上げることで、余剰人員が出ることを防ぎ、1人あたりの生産性を高めようというわけだ。

文思海輝技術
李勁松
執行副総裁
日本事業群総経理また、アウトソーシング企業として、コスト以外の強みを構築しようとする動きも顕著だ。大手ローカルアウトソーシング企業の文思海輝技術(Pactera)は、保険などの金融業を重点ターゲットとした。特定業種向けのノウハウを蓄積することで、SIerの下請けではなく、エンドユーザーから案件を受注しようとしている。李勁松・執行副総裁日本事業群総経理は、「すでに当社のユーザーの7割がエンドユーザーになった」と成果を語る。

大連遠東数碼
祁鵬生
第三事業本部本部長
第二事業本部担当本部長大連遠東数碼(YDD)では、ユーザーのシステムマイグレーション案件の獲得に注力している。とくに強いのが、COBOLの案件だ。祁鵬生・第三事業本部本部長第二事業本部担当本部長は、「当社には約550人の従業員がいるが、入社時には全員にCOBOLの修得を義務づけている」という。
●中国国内向けにシフト ここまでは、対日アウトソーシングを維持していくための取り組みをみてきた。しかし、なかには、コスト増大が無尽蔵に続き、対日アウトソーシングには将来性が見込めないとして、中国国内向けのビジネスにシフトする企業もある。
国内向けビジネスの一つが、受託ソフト開発だ。すでに「案件単価は、対日オフショアよりも高くなっている」という声も出てきている。対日オフショア開発の場合、日本の多重下請け構造の下層にあるケースが多いが、中国国内向けビジネスでは、エンドユーザーとの距離が近いので、単価が高いというわけだ。ただし、これまで対日オフショアに徹してきた大連のIT企業が、中国国内向けにビジネスを手がけてきたローカル企業に対抗するためには、差異化を図る武器が必要だろう。
国内向けビジネスの二つ目が、ITソリューションの提供だ。大連遠東数碼(YDD)や大連必捷必信息技術(DJB)、大連華暢網信技術は、日本向けオフショア開発で培った開発力を生かそうとしている。彼らにとって、中国国内のIT企業と差異化を図るカギは、競合がもっていない日本のすぐれたソリューションを持ち込むことだ。大連華暢網信技術の尹副社長は、「今後中国での製品販売を検討している日系企業と組みたい。日系企業としても、ただ日本の製品を中国に持ち込むだけでは、市場にマッチした商材を提供できない。そこで、現地に精通した当社が、現地向けソリューションの開発・販売面でサポートしていく」という構想を打ち立てている。
●日系企業の進出をサポート 
孚諾科技(大連)
方敏
董事長フルノシステムズの関連会社である孚諾科技(大連)では、すでに日本企業と連携した取り組みを開始。同社が目をつけたのが、医療分野だ。日系の医療機器メーカーが中国市場へ進出する際に、中国市場にノウハウをもつ孚諾科技(大連)が共同で現地向け製品を開発し、OEM供給を受けたかたちで孚諾科技(大連)のブランド名で製品を販売するというもの。方敏董事長は、「中国の医療機関は、政府の指導もあって、中国製の医療機器の導入を優先している。さらに、医療機器を販売するには、認証の取得が必要で、日本のブランドではやりづらい。そこで、中国企業である当社が肩代わりをする」という。孚諾科技(大連)では、現在、売上高の8割を対日アウトソーシング事業が占めているが、今後は中国国内向けビジネスの比率を8割に拡大する意欲を示している。
記者の眼
大連アウトソーシングは、まだ健在なのか。この問いに対する答えは“現時点ではYes”だ。大連のアウトソーシングに対する需要は根強く、全体では成長路線にある。現地のIT企業にとっては、コスト増大という足かせによって、現行のビジネスモデルに限界が近づきつつあるが、各社は可能な限りの対策を講じている。ただし、いかに付加価値のあるアウトソーシングサービスを手がけようとも、発注元の根底にある意識はコスト削減に向いている可能性が高い。いずれビジネスが立ちいかなくなることを想定して、新規事業の創出に向けた準備をしておくほうが得策だ。
大連のIT企業は、今まさに岐路に立たされているが、同様の苦境は、この先、中国の内陸地やベトナム、フィリピンといったアウトソーシングの新興地域にも必ず訪れる。そして、その時期が来るのはそう遠い将来ではない。昨今の急激な円安元高を、2年前に予想していた人がいただろうか。アウトソーシングを手がける企業は、従来よりも前倒しで対策を練っていく必要がある。