大手の外資系ITベンダーの両雄、日本IBMと日本ヒューレット・パッカード(日本HP)は、この1月、社長交代を実施し、“非技術系”の人材を経営トップに配置した。日本IBMのポール与那嶺社長は、日立コンサルティングの社長を務めるなど、コンサル分野で手腕を磨いてきた。そして、日本HPの吉田仁志社長は、前職がSAS Institute Japanの社長で、統計解析システムなどのデータ活用分野に身を置いていた。両社は、企業運営をコンサルやデータ活用(ソフト)に強い人に任せることによって、クラウドやビッグデータを「わかりやすく」提案し、ビジネス再編の本格化を図る。(ゼンフ ミシャ)
日本IBMの与那嶺社長
和洋折衷の元コンサルマン

日本IBM
ポール与那嶺
社長 新年早々、日本のIT業界が大きく動き出した。日本IBMが社長人事を発表した1月5日の前日に、与那嶺氏は、家族に囲まれ、穏やかな表情をみせる写真をFacebookで発信している。2014年11月、前社長のマーティン・イェッター氏がこの1月に米本社に戻ることが明らかになってから、IT業界は「次は誰か」について興味津々だった。「できれば、日本人がいい」「(副社長の)下野(雅承)さんが最適だと思うが、どうも本人が渋っているようで……」。IBM有力販社の社長は14年末、本紙取材に対してそう語った。イェッター氏が着手した大胆な改革を評価しながらも、日本人社長ならではの販社への配慮に対する期待感を垣間見ることができた。
ハワイ生まれで、1950~60年代に現役時代を過ごしたプロ野球選手・監督、与那嶺要(ウォーリー・ヨナミネ)氏の息子。「マーティン」を継いだのは「ポール」だった。与那嶺社長は、2010年に日本IBMに入社。取締役専務執行役員インダストリー営業統括本部長などを経て、14年8月から副社長として、イェッター氏が策定した成長戦略の実行を担当した。日本IBMに入る前は、KPMGコンサルティングや日立コンサルティングの社長を務め、コンサルの分野で実績を上げてきた。
与那嶺氏が日本IBMの社長に選ばれたのは、なぜか。主に二つの理由が考えられる。まず、日米の架け橋であること。サンフランシスコ大学を卒業後、米国と日本の企業で活躍した。そのルーツから、米IBMの方針をうまく日本市場に適応できると期待されているのは間違いない。米IBMがクラウド/ビッグデータへのシフトに取り組んでいるなかにあって、本社の方針をきちんと理解し、それを日本市場の特性に合わせて実行することが成否を決める。
もう一つは、「ビジネス視点」を貫くことだ。与那嶺氏はコンサル時代から、技術自体にはこだわらず、技術をいかに活用してビジネスに役立つかたちで届けるかを胸に刻んできた。「難しくて、当社では使えない」と企業に思わせる“技術の壁”がビッグデータを普及させるうえでのネック。したがって、ビッグデータの活用をわかりやすく伝えることが欠かせない要素となる。和洋折衷の元コンサルマン、与那嶺社長。相手を落ち着かせる穏やかさを武器に、ビッグデータの「難しい」を払しょくできるか。IT業界は日本IBMの新トップの動きに注目する。
日本HPの吉田社長
ハードの素人、だからこそ選択

日本HP
吉田仁志
社長 1月5日、日本IBMの発表のわずか数時間後に、日本HPも社長交代を明らかにした。日本HPでは2014年4月以降、小出伸一元社長の後任として、アジアパシフィック地域を統括するジム・メリット上席副社長が日本法人のトップを兼務していたが、事実上「社長不在」の状態が続き、社長人事を決めるのは急務だった。そして、選んだのは“ハードウェアの素人”。前職で統計解析システムの開発・販売を手がけるSAS Institute Japanの社長を務めてきた吉田仁志氏だ。
「日本HPの吉田でございます」。1月8日に開いた記者会見で、吉田社長はやや恥ずかしそうな表情で、こう挨拶した。プレゼンテーション中には「HPさんは……」という失言も。「現在、HPのことを勉強しており、戦略を練るのはこれからだ」と述べた後、「社員がまじめすぎるところがある」ことを日本HPの課題として捉え、「全体をみて、お客様と議論することができる体制にしたい」と、マクロな方針を語った。
吉田氏は、外資畑を歩んできた人物。ソフトウェア開発を事業とするノベルなどの社長を経て、2006年にSAS Institute Japanのトップに就任した。外資系企業としては異例の8年間以上にわたって同社を率い、売り上げを拡大しつつ、ビッグデータ事業を軌道に乗せた。日本HPは、ビッグデータを重点項目とした法人向けビジネスに注力していこうとしている。その動きには最適な人材といえよう。
日本HPが今回、吉田氏を社長として迎えた背景には、今年10月をめどに全世界で実施するHPの分社化がある。日本を含め、現在のHPを法人向けソリューションに特化した会社と、パソコン/プリンタ事業を手がける会社に分け、それによって経営判断の迅速化を図る。
バトンを渡した前社長のメリット氏は、吉田氏の10月以降の活動領域について、明言はしないながらも「どちらのトップに就くかは、吉田の経歴をみれば、推測できる」とほのめかす。その発言から、法人向けソリューションに特化した会社の社長に就任する可能性が高いと考えられる。
●IT業界のパラダイムシフト 総合メーカーのトップにコンサルやソフトに強い人材を置くのは、IT業界にとってのパラダイムシフトになる。日本IBMの与那嶺社長と日本HPの吉田社長は、技術の壁を取り崩し、ITを本当の意味で「ビジネス」の領域に導くことができるか──。カスタマ・ドリブン(顧客重視)を早期にかたちにすることに、日本IBMと日本HPの今後の事業成長がかかる。
SAPジャパン、「ツートップ」を復活

内田士郎
会長 ビジネスのクラウド対応に取り組んでいるSAPジャパンも、コンサルに強い人材を新たに経営陣に入れている。1月1日付で、英国の大手コンサルティングファーム、プライスウォーターハウスクーパースの日本法人の社長と会長を歴任してきた内田士郎氏を代表取締役会長として迎えた。
内田会長は、2014年7月に就任した福田譲社長とともに、SAPジャパンのビジネスを統括する。
SAPジャパンがツートップ体制を復活させるのは、2007年9月、八剱洋一郎氏とロバート・エンスリン氏がそれぞれ社長と会長に就任して、二人で日本法人を率いたとき以来。同社によると、福田社長の役割は今後も変わりなく、SAPジャパンの事業戦略を束ねることだそうだ。
一方、内田会長は、コンサル業界で培った経験を生かし、エグゼクティブレベルで商談を詰めるなど、クラウド事業の拡大を加速させるという。ツートップで経営体制を強固にして、提案のわかりやすさを武器に、案件の獲得に動く。(ゼンフ ミシャ)