ついに、スモールビジネス向け業務ソフト最大手の弥生(岡本浩一郎社長)が、法人向けのクラウド会計分野に本格参入する。近年は、freee(佐々木大輔代表取締役)やマネーフォワード(辻庸介社長CEO)など、クラウドネイティブな業務ソフトを提供する新興ベンダーが、イノベータ、アーリーアダプタ層のユーザーを中心に注目を集め、話題を独占してきた感がある。しかし岡本社長は、「派手な数字に惑わされず、少し冷静に市場の状況を分析する必要がある」とし、新興ベンダーとは一線を画すクラウド戦略を展開する意向だ。(本多和幸)
新興ベンダーに押され気味?

弥生
岡本浩一郎
社長 弥生は、6月に法人向けクラウド会計ソフトをリリースする。業務ソフト市場で125万ユーザーを抱える弥生は、とくにスモールビジネス向けの会計ソフト分野では、金額シェア80%以上(BCNやGfKのデータをもとにした2014年9月期の同社独自集計)を誇り、圧倒的なトップベンダーとして君臨しているが、主力である法人向け会計ソフトのクラウド化に踏み切るのは、ようやく、である。
近年、スモールビジネス向けの業務ソフト市場では、freeeやマネーフォワードといったクラウドネイティブな業務ソフトベンダーの活躍が目立っている。今年1月、マネーフォワードはクラウド会計・確定申告ソフトの正式リリースからわずか1年で、登録ユーザー数が12万件を超えたと発表した。さらに、2013年3月リリースのfreeeは、今年2月に登録ユーザー数20万事業所を突破したと発表したが、確定申告を終えた3月末には、なんと早くも30万事業所を突破したことを明らかにした。この数字は、もはや弥生にとっても無視できない規模にみえる。そして、従来の業務ソフト市場の常識では考えられないほど、成長のスピードが速い。弥生のクラウド対応は、こうした新興ベンダーの急成長を前にして、後手に回っているのではないか。しかし、岡本社長は、「さまざまなチャネルでさまざまな数字を収集し、市場動向を慎重に観察している。クラウド会計の実際のニーズと市場規模をなるべく客観的に把握したうえで、戦略を立てている」と、後手だとする見方を否定する。
市場の実態を調査
まず前提として、岡本社長は、クラウド会計ソフトの市場が成立しつつあるのは個人事業主向けの申告ソフトの領域のみで、法人向けの会計ソフトはその段階に到達していないと考えている。「現実的に、法人向けの会計ソフトは、会計事務所が顧問先に推奨するというチャネルなしには広がっていかない。しかし、クラウド会計ソフトでそうした動きはほとんど出てきていない」(岡本社長)からだ。freeeは1000社以上、マネーフォワードも600社ほどのパートナー会計事務所ネットワークをすでに築いているが、実際に顧問先にクラウド会計ソフトを積極的に推奨するケースは多くないとみているという。
個人事業主向け製品に関しては、弥生も昨年、「やよいの白色申告 オンライン」、「やよいの青色申告 オンライン」というクラウド会計市場参入の先鋒となる製品をリリースしている。同社は、今年3月の確定申告前と後に、楽天リサーチに依頼して市場調査をしていて、その結果をそれぞれ2月、4月に公表した。「現在のクラウド会計市場の実態といっていい信憑性のある興味深い数字が上がってきた」と、岡本社長は話す。
4月に結果を公表した最新の調査では、確定申告を行った個人事業主1万6074人をサンプルとしているが、会計ソフトの利用率は25.7%、さらに、会計ソフト利用者のなかでのクラウド会計ソフトの利用率は7.7%という結果になった。また、クラウド会計ソフトのメーカー別シェアは、弥生がトップで29.5%、freeeが2位で20.7%だった。岡本社長は、「デスクトップ版の市場は依然として確固たるものがあって、そこにクラウドの市場が上積みされている」と説明する。
実際の利用者はまだ少ない
さらに岡本社長は、本紙の取材に対して、3月末時点の同社クラウド会計ソフトのビジネス状況も詳細に明かした。2製品を合わせた登録ユーザー数は4万5499件で、うち白色申告の有償プラン契約ユーザー数が1万1844件、青色申告の有償プラン契約ユーザー数は1万5800件だという。このうち、今回の確定申告で実際に確定申告書類や決算書作成において、これらのクラウド会計ソフトを使用したユーザーはさらに絞り込まれ、白色申告が7927件、青色申告が8082件だった。岡本社長は、「これこそが弥生のクラウドアプリケーションの本当のユーザー数。国税庁の統計では、国内の個人事業主は375万人ほどだが、楽天リサーチの調査結果にもとづいて、会計ソフトの利用者がそのうちの4分の1、さらにクラウド利用者がそのうち7.7%、当社シェアが30%弱として計算すると、当社ユーザー数は2万1000件くらいになる。当社クラウド会計の実際の利用者数とそれほど乖離はないので、かなり信憑性がある数字だと考えている」と見解を述べる。
さらに、freeeやマネーフォワードが発表している登録ユーザー数は、クラウド会計ソフトを実際に使っているアクティブユーザー数と大きな乖離があるとも指摘する。「当社のクラウド会計ソフトは、メールアドレスとパスワードを登録するだけでは使えず、課金情報を入力するなどそれなりのステップが必要。登録するまでにお客様がふるいにかけられているので、登録以降の脱落率は他ベンダーよりも圧倒的に低いはず。会計ソフトの利用率やクラウド会計の利用率がもっともっと上がらないと、実質的なユーザー数が数十万に育つまでにはならない。今回の調査結果について、いい数字だとは思っていないが、これが現時点での弥生オンラインの実力であり、クラウド会計の実力なのだろう」(岡本社長)。freeeの佐々木代表取締役は、自社のアクティブユーザー数について、「登録ユーザー数と同じようなカーブで成長曲線を描いている」と話しているが、実際の数値は公表していない。
なお、昨年12月には、シード・プランニングが運営するデジタル領域の市場・サービス評価機関であるデジタルインファクトが、「freeeがシェア41.3%で1位」というクラウド会計市場調査結果を発表している。個人事業主に限定した調査ではないからか、会計ソフトの利用率は30%超と楽天リサーチの確定申告後の調査よりも高めに出ているものの、クラウド製品の利用率に関しては、4.4%と、楽天リサーチの確定申告前の調査と近い値が出ている。
会計事務所との連携が最重要
こうしたデータを踏まえて、法人向けのクラウド会計市場では、「市場をつくっていく役割が弥生には求められている」と、岡本社長は話す。ポイントになるのは、やはり会計事務所とのパートナー網構築だ。「クラウドベンダーも会計事務所に積極的にアプローチしているが、会計事務所側は信頼が何より重要なので保守的にならざるを得ない部分もある。しかし、われわれはすでに6000以上の会計事務所をPAP会員としてパートナーに迎えているし、それ以外にも実質的に弥生を推奨していただいている会計事務所も多くある。弥生がやるならクラウドも使ってみたい、顧問先にも紹介したいという声もいただいていて、その期待に応えなければならないと考えている」。
ただ、実際は、デスクトップ版とクラウド会計のシームレスな連携こそが、弥生の強みになるという。デスクトップ版のデータをクラウドに置く「弥生ドライブ」や、外部のクラウドアプリ/サービスと弥生のデスクトップアプリケーションのデータ連携ツールである「YAYOI SMART CONNECT」などはすでに整備しているが、デスクトップ版とクラウド版のデータ連携も予定している。
岡本社長は、「例えば、使い勝手にこだわる会計事務所は従来どおりデスクトップ版を使い、顧問先がクラウドを使って、データをリアルタイムで共有してシームレスに使うというかたちは、実際に多くの会計事務所から実現してほしいという要望をいただいている。これができるのは弥生だけだと考えている」と話す。
デスクトップ版で培った会計事務所のパートナー網をベースに、新規ユーザー獲得のフックとなる商材として、法人向けクラウド会計を訴求していく考えだ。