「世界の工場」から「世界の市場」へと変貌を遂げた中国。日系IT企業を取り巻くビジネス環境も、ここ数年で大きく変わった。対日オフショア開発では、人件費高騰と円安元高によって、利益の捻出が困難に。これを受けて、中国国内向けのビジネスに力を注ぐ日系IT企業が増えているが、未だにローカル市場の開拓には、大きな進展がない。ローカル市場の開拓にあたっては、地場のIT企業との協業が欠かせない。5社のローカルIT企業を取材し、ビジネスの現状や課題、今後の日中IT企業間の協業のあり方について聞いた。(取材・文/上海支局 真鍋武)
北京新思軟件技術
委託先から真のパートナーへ
従来型オフショアに陰り

北京新思軟件技術郭占文
総裁
北京新思軟件技術は、1998年に対日オフショア開発を目的として設立された。2001年には、上海証券取引所に上場するITベンダー、浙大網新科技の傘下に入り、資本金を5000万元に増資。現在、従業員数は約1500人にまで拡大している。
売上高の7割方は対日オフショア開発が占めるが、市場環境は厳しい。人件費は毎年10%程度上昇し、2012年末からは50%ほどの急激な円安元高が進行。郭占文・総裁は、「人件費高騰と為替変動を止めたくても、企業には手の打ちようがない」とため息を漏らす。取引先には値上げを要請し、現在の単価は一人月あたり35万~40万円。「これでもギリギリの状況」という。
対策としてオフショア開発会社は、案件単価が高い上流工程の開発に力を注ぐケースが増えているが、郭・総裁は「上流工程の開発を遠隔地の中国側で行うのは難しい」とみている。要件定義や概要設計には、顧客のニーズを汲み取ったり、認識を合致させたりするために、緊密なコミュニケーションが求められるからだ。そこで、北京新思軟件技術では、システムの保守事業に注力。「一度開発を請け負ったシステムならば、中身を熟知しているので、追加の要望にも応えやすい」という利点があるからだ。
●中長期的な目線での協業に期待
一方、オフショア開発は先行き不透明とみて、2009年から中国国内ビジネスに挑戦している。日本とは違い、直接エンドユーザーから受注するケースが多く、請け負う工程範囲は広い。これは、中国国内では日本ほどの多重下請け構造が形成されていないためだ。
顧客から直接汲み取ったニーズを研究・開発にも生かしている。すでに、証券会社向けシステム「TTF」や、クラウドDC(データセンター)自動配置管理システム「PCAS」などの自社プロダクトを開発した。郭・総裁は、「これまでは人の数で商売をしてきたが、今後はプロダクトで商売したい。自社製品を含めたトータルITサービスを提案して、案件を勝ち取る戦略だ」と語る。クラウドやビッグデータ分野の研究・開発にとくに力を注いでいる。
プロダクト基軸の中国ビジネスの一環として、従来はオフショア開発の委託元だった日系IT企業の商材を中国で販売する試みも実施している。しかし郭・総裁は、「現状は成果を上げていない。日系IT企業との意識にずれがあるケースが多い」と語る。例えば、高い案件単価が期待できる政府系や国有企業は、外資系の日系IT企業が単独で入り込むことが難しい。そこで、日系IT企業は、協業先の地場IT企業を通じて入り込もうとする。しかし、地場のIT企業といっても、政府系や国有企業には簡単に入り込めるわけではない。また、日本製品は高価なうえ、中国企業のニーズに応えるには、適切なカスタマイズが求められる。郭・総裁は、「中長期的な目線で中国市場を捉えてもらい、従来の受注・発注の関係ではなく、真のパートナーとしての関係を構築していきたい」としている。
中科創達軟件
日本のコア技術に期待
モバイル端末の組み込みソフトに強み

中科創達軟件
楊宇欣
副総裁
中科創達軟件(ThunderSoft)は、Android端末の組み込みソフトウェア開発を提供する企業として2008年に設立された。OS周辺の開発を得意としており、現在はLinuxやWindows、Firefox OS、Tizenなどの各種OSに対応。顧客はスマートデバイスメーカーが中心で、日系ではソニーやシャープなどが顧客となっている。
強みは技術力だ。コーディングなどのシステム開発における下流工程を請け負うのではなく、メーカーやプロバイダの製品研究・開発を技術面で支援している。楊宇欣・副総裁は、「例えば、2014年にシャープが米国で発売したスマートフォン『AQUOS Crystal』の組み込みソフト開発を請け負った。米国でリリースするには、現地の通信会社によるテストに合格する必要があるが、シャープはそのための品質を担保するために、ソフト開発を当社に受託した」と説明する。
業績は好調で、2014年度の売上高は約5億元。2015年内には、欧州拠点の開設や、中国の深セン証券取引所の上場を予定している。 しかし、楊・副総裁は、「世界のスマートフォン市場は、これから安定成長期に入るので、新しい市場に目を向け始めた」という。
●組み込み技術を生かすIoT分野に注力
その一つがIoT(Internet of Things)領域だ。インターネットに接続する製品が急速に増加することで、中科創達軟件が培ってきたAndroidやLinuxの組み込み技術を活用できる範囲が広がる。つまり、顧客対象がスマートフォンメーカーだけでなく、全般に拡大する。中科創達軟件では、自動車に特化したIoV(Internet of Vehicles)に力を注ぐ方針。楊・副総裁は、「すでにIoV分野で日系企業の顧客を獲得している」と自信を見せる。
もう一つは、法人市場だ。中国では、法人のモバイル利用が普及し始めたことから、自社開発のMDMソリューションなどを提供する。プロダクト販売は経験・ノウハウが乏しいため、現在は現地のSIerや通信事業者と協業してチャネル体制を構築中。今後は日本市場の開拓も視野に入れている。
こうした戦略の下、中科創達軟件は日系IT企業との新たな協業構築に意欲を示している。楊・副総裁は、「日本企業は、価値の高いコア技術をもっている。当社が顧客からトータルで案件を請け負い、そこに日本企業の技術を融合して提供すれば、Win-Winの関係になれる」と説明する。
例えば、中科創達軟件は画像処理エンジンを手がける日系企業のモルフォ(Morpho)と協業。モルフォのエンジンを中科創達軟件のソフトウェアに組み込み、これを中国のスマートフォンメーカーに納入している。中科創達軟件は、モルフォ単体では難しい地場企業への販路の役割を果たしているわけだ。中科創達軟件の顧客層が、今後IoT関連企業や法人にも広げれば、パートナーにとっての開拓先も拡大することになる。
博彦科技
金融業の開拓に一助
3年で中国事業が急拡大

博彦科技
馬強
総裁兼COO
1995年設立の博彦科技(BEYONDSOFT)は、Windows 95の中国ローカル化をきっかけとしてビジネスを開始した。顧客はマイクロソフトやヒューレット・パッカード(HP)、オラクルなどの欧米企業が中心で、主要事業はソフトウェア研究・開発のアウトソーシングだ。現在の従業員数は約8000人。米国、日本、シンガポールなどに開発センターを設けており、グローバルデリバリ体制を構築している。
売上高の約45%は欧米企業から稼ぎ出しているが、市場環境は厳しい。人件費の高騰はもちろん、対ドルベースでも元高が進んでいるからだ。そこで博彦科技は、およそ3年前から中国国内の顧客開拓を推進。ハイテク企業や金融機関、インターネット関連企業を中心に、企画から要件定義、開発、運用保守といったトータルITサービスを提供している。この3年間で、売上高に占める中国国内の比率は30%までに上昇した。
馬強・総裁兼COOは、今後の戦略について、「まず人的リソースを武器にするのではなく、ソリューションを武器にする。そして、特定分野に特化して、顧客を開拓する」と説明。これによって、3年後に中国事業の売上比率50%を目指す。
●外資が苦戦気味の金融業ビジネスを支援
とくに注目しているのが、クラウド・ビッグデータの領域だ。馬・総裁は、「中国のクラウド市場は、まだ未成熟段階。しかし最近では、『互聯網+』といった国の政策や、技術の向上が進んでおり、今後2~3年でクラウド化の勢いが増す」と予測。すでに、マイクロソフトの「Microsoft Azure」やアリババグループの「阿里雲(Aliyun)」を中国企業に向けて販売している。マイクロソフトからすれば、博彦科技はシステム開発の委託先から販売パートナーへと協業関係が発展したことになる。また、博彦科技では、2014年に欧米のITサービス企業を買収して、ビッグデータ技術の吸収を図っている。
国内で注力する業種は、すでに経験・ノウハウを有する金融業とインターネット関連企業に絞った。このうち金融業は、中国政府が「安全で制御可能な情報技術」の導入を推進しており、外資系IT企業が入り込みにくい状況だ。そこで博彦科技は、およそ1年前から、協業先の米IT企業のソリューションを中国の金融業が扱えるかたちに現地化したうえで納入する取り組みを進めている。馬・総裁は、「外資系IT企業との協力関係に慣れており、国内の顧客のニーズも熟知している。両者にとって、当社はやりやすい立場だ」という。
今後は、日系IT企業の金融ソリューションを中国で販売するパートナー関係を目指す。馬・総裁は、「アウトソーシング企業のなかで、日本のソリューションの中国販売に成功している例はほぼ見当たらない。原因の一つは、ローカル市場のニーズを熟知したアウトソーシング企業が少ないことにある」と説明。国内ビジネスの経験を蓄積している博彦科技の優位性を示した。
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