SAPジャパン(福田譲社長)は、11月12日、“次世代ビジネススイート”と位置づける「SAP Business Suite 4 SAP HANA(S/4HANA)」の最新版として、「SAP S/4HANA Enterprise Management」を発表した。同日から、オンプレミス版を先行して提供している。これにより、会計モジュールのみしかリリースされていなかったS/4HANAが、ほぼフルラインアップでERPとしての機能を網羅することになる。まさに、真打ち登場──。競合ベンダーが、従来のERPの枠を越えた価値を提供すべく、新世代の製品を武器に市場のゲームチェンジを狙うなか、トップベンダーはどう迎え撃つのか。(本多和幸)
あらゆる業務部門を網羅
SAPの次世代ビジネススイートであるS/4HANAは、今年2月に日本でもお披露目された。しかし、SAPが実際に製品としてリリースしたのは、S/4HANAの発表に先駆けてリリース済みだった会計ソリューションの「Simple Finance」のみで、その他の機能モジュールについては、「Simple Logistics」というコードネームで開発を進め、2015年内のリリースを予定していた。本紙の過去の取材のなかで、SAPジャパンの大我猛・インダストリークラウド事業統括本部シニアディレクターは、「Simple Logisticsは、ロジスティクスといっても単に物流ということではなく、ERPの機能を幅広く網羅した製品になる」としており、SIパートナーも、Simple LogisticsこそがS/4HANAのビジネスが本格化する起爆剤になると期待を寄せていた。今回、このSimple Logisticsとして開発が進められてきた製品が、S/4HANA Enterprise Managementという正式な製品名を得て、ついに世に出たかたちだ。
同社の予告どおり、S/4HANA Enterprise Managementは、これまでSimple Financeとして提供してきた会計のほか、営業、サービス、マーケティング、コマース、調達、製造、サプライチェーン、アセット管理、研究開発、人事といった業務を網羅する機能を備えたという。この発表は、SAPジャパンのイベント「SAP Forum 2015 Tokyo」で行われたが、これに合わせて来日した独SAPのシモ・セッド・エンタープライズアプリケーション兼ユーザーエクスペリエンス担当グローバル・バイス・プレジデントは、「あらゆる業務部門のビジネスプロセスを網羅するものになった。基幹系のビジネスプロセスを含むバリューチェーンのあらゆる部分をつなぎ、リアルタイムでトランザクション処理だけでなくシミュレーションや分析を行うことができる」として、エンド・トゥ・エンドで、ユーザーのビジネスをデータドリブンなものに変えることができる唯一のソリューションであるとアピールした。
さらに同社は、S/4HANA Enterprise Managementの業務ごとの機能と、関連する他のSAP商材を組み合わせてパッケージ化し、「SAP S/4HANA Lines-of-Business」という業務別ソリューションを提供することも合わせて発表した。会計と経費精算の「Concur」、購買管理の「Ariba」を組み合わせたり、人事管理にタレントマネジメントの「SuccessFactors」を連携させたりといったケースが考えられるという。
包括的な移行支援サービスも
S/4HANAは、「SAP ERP6.0」などから成る従来の主力製品「SAP Business Suite 7」の進化の延長にある製品ではない。今後のSAP製品の統一基盤として位置づけられているインメモリコンピューティングプラットフォームHANAのうえに、完全に新しくつくり直したERPだ。こうした性質上、データベース(DB)はHANAに限定される。ただし、HANAは比較的新しい製品であり、既存のBusiness Suiteユーザーはオラクルの「Oracle Database」やマイクロソフトの「SQL Server」など、他社DBを使っているケースが圧倒的に多い。そのため、既存ユーザーがS/4HANAを導入しようとする場合、データベース移行はほぼ必須ということになる。ユーザーにとっては大きな負担を伴うことが予想されるが、SAPジャパンは、S/4HANA Enterprise Managementの提供開始と同時に、ユーザーの既存システムからの移行を包括的に支援するサービスも開始し、この課題に対応する方針だ。
具体的には、S/4HANA導入の企画・構想・計画をサポートする「ストラテジー&プランニングサービス」、既存システムからの移行を実行するフェーズをサポートする「実現化支援サービス」、そしてS/4HANAの運用や、運用後のビジネスそのものの改善を目指す「イノベーション支援サービス」という段階別の三つのサービスを提供する(図参照)。
こうした支援策の充実と合わせて、S/4HANA Enterprise Management拡販のカギを握るのが、SIパートナーの動きだ。SAPジャパンは昨年7月、HANA対応のERPテンプレート拡充を目指すコンソーシアムをパートナーと共同で設立した。S/4HANAリリース後は、その後継組織として「S/4HANAコンソーシアム」が発足し、22社が参加しているが、全社がテンプレートのHANA化を完了し、その3分の1がS/4HANA対応まで完了しているという。さらに、コンソーシアム参加企業である野村総合研究所(NRI)は、グループ企業のNRIセキュアテクノロジーズに、国内で初めてS/4HANA Enterprise Managementを導入することを発表している。NRIは、S/4HANA Enterprise Managementリリース前から、SAPの製品評価プログラムに参画し、同製品の導入・開発ノウハウを蓄積してきた。こうしたプログラムに参画しているパートナーは全世界で20社で、うちNRIを含む3社を日本のパートナーが占める。こうした状況を踏まえ、大我シニアディレクターは、「パートナーと強調してS/4HANAを浸透させていく準備は整いつつある」と自信をみせている。
なお、Simple Financeは、パブリッククラウド版が先行し、オンプレミス版を後にリリースしたが、S/4HANA Enterprise Managementは、まずオンプレミス版から提供を始める。