NTTコミュニケーションズ(NTT Com、庄司哲也社長)は、昨年末、タイに同国最大のデータセンター(DC)「バンコク 2 データセンター」を開設した。グローバル市場で存在感を発揮する数少ない国産クラウドサービス事業者といえる同社が、稼働前からASEANでのクラウドビジネス拡大の基盤として位置づけていたDCだ。従来は、自動車製造業をはじめ、タイに進出した日系企業向けのビジネスを中心に手がけてきたが、同DCの稼働は、その枠を越えたグローバルクラウドベンダーとしての事業展開を強く後押ししている。(本多和幸)
タイ唯一、グローバル品質のDC

宮崎 一
バイスプレジデント&COO
カンボジア、ラオス、ミャンマー
カントリーディレクター 2015年12月に稼働したNTT Comのバンコク 2 データセンターは、約40億円を投じてバンコク市郊外のアマタナコン工業団地内に建設された。サーバールーム面積は約3800m2、1400ラック相当と、同国内のDCとしては最大規模で、地上4階建ての専用ビルにTier 3ファシリティを備える。
NTT Comの現地法人であるNTTコミュニケーションズ(タイランド)の宮崎一・バイスプレジデント&COO カンボジア、ラオス、ミャンマーカントリーディレクターは、「ネットワーク、DCサービス、クラウドサービスをグローバル品質で提供できる基盤ができたわけだが、そうしたDCはタイ国内には他にない」と、バンコク 2 データセンターが、タイ国内におけるNTT Comのクラウドビジネスの競争力を支える基盤であることを強調する。

平松宗剛
Japanese MNC
営業部門ディレクター タイには、早くから自動車製造業を中心に日系メーカーが進出している。日系ITベンダーも、基本的にはそうしたユーザー向けのビジネスを展開してきたわけだが、こうしたビジネスモデルは実のところ「踊り場にきている」(宮崎バイスプレジデント)状況だ。ASEAN地域は総じて急激な経済成長を遂げているとみられがちだが、タイ投資委員会(BOI)の発表によると、海外からタイへの直接投資は、15年、前年比で10分の1に減少した。また、日本車はタイ国内でシェア8割以上を誇るが、自動車需要も落ち込んでおり、日系メーカーも設備投資には慎重になっている。ITベンダーも従来のビジネスモデルのままでは成長が難しくなっているのだ。
NTT Comは、こうした市場環境の変化を見据え、ビジネスモデルを変革していこうと考えている。NTTコミュニケーションズ(タイランド)の平松宗剛・Japanese MNC 営業部門ディレクターは、「従来のサービスを高度化するとともに、新しいサービスをどんどん出していかないと成長を維持できない。サービス基盤への設備投資はそうした取り組みの一環」と説明する。バンコク 2 データセンターは、まさに同社のビジネスモデル変革の嚆矢となる取り組みといえよう。
ローカルのチャネル整備も
バンコク 2 データセンターの稼働により、具体的にどうビジネスモデルが変わるのか。すでに顕在化しているトレンドが、非日系企業ユーザー数の増加だ。宮崎バイスプレジデントは、「バンコク 1というもう少し小ぶりな既存のDCは、お客様の9割が日系企業だった。しかし、バンコク 2の方は、タイローカルの金融機関や欧米金融機関の現地法人などの需要がより大きくなっている。本格的に非日系企業にアプローチできるようになった」と手応えを話す。また、平松ディレクターは、「非日系のお客様は、とくにクラウドというキーワードに敏感に反応する」と話し、既存のバンコク 1 データセンターと合わせて、規模、信頼性ともに、タイ国内に比較対象をもたないレベルのクラウドサービス基盤を整備したことが、非日系企業にも評価されていることを示唆する。
クラウドサービスについては、ローカルのチャネル整備も進めており、タイの大手モバイル通信キャリアであるAISとアライアンスを組み、ホワイトレーベルで彼らにIaaSを提供するという取り組みも、1月から始めている。
一方で市場環境が厳しさを増す日系企業向けビジネスにはどう向き合うのだろうか。宮崎バイスプレジデントは、「タイプラスワンという発想が日系企業に浸透しつつあり、タイをASEANの拠点として、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオスといったメコン地域の周辺国にビジネスを展開していくというお客様が多くなっている。当社は、バンコクにクラウドサービスや通信サービスの基盤を整備して、周辺地域にサービスをすでに提供しているが、サービスラインアップの拡充や基盤整備を一層強力に進めていく」と話す。バンコク 2 データセンターも、バンコク 1 データセンターとともにメコン地域へのクラウドサービス提供の基盤として活用される。
また、2011年にはカンボジアで通信事業ライセンスを取得して、その他の国でも同様の取り組みを徐々に進めてきた。加えて、光海底ケーブルにも多額の投資をしており、今年の第2四半期(4~6月)にタイに、来年にはカンボジアにも陸揚げし、バンコクをハブとする通信インフラ網を強化する計画だ。さらに、「NTT Comはもともと通信サービスの企業なので、国際向けのゲートウェイの設備やインターネットのコアバックボーンをDCに組み入れていくという取り組みも進めている」(宮崎バイスプレジデント)。15年からはタイでMVNOサービスも開始しており、“日本品質”の通信サービスも合わせて提供できることは、大きな付加価値になっている。
バンコクのインフラを活用した周辺国へのビジネス展開は、タイの国策とも合致する。タイは、メコン地域の道路網を整備し、これを物流などに活用する「経済回廊」整備を主導しており、ICTの分野でも、先行するシンガポールやマレーシアに対抗すべく、「バンコクをASEANのデジタルハブにしようと考えていて、トラフィックを集め、高付加価値産業としてICT企業の誘致も積極的に行っている。AEC(ASEAN経済共同体)の発足により、そうした姿勢はより顕著になった」(平松ディレクター)という。バンコク 2 データセンターの開所式には、タイの通信大臣や規制当局のトップも出席しており、タイのICT政策のパートナーといってもいい地位を築いていることも、NTT Comの大きな強みだ。
このほか、東洋ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)などと協業し、基幹系の業務システムパッケージをクラウドで提供する体制も構築している。「レディメイドに近いかたちでスピーディに導入できる基幹系のクラウドアプリケーションには、日系、非日系を問わず大きなニーズが期待できる。とくにB-EN-Gは、タイでの実績が豊富で、当社と同じ方向性で周辺国にもビジネスを拡大しようとしており、心強いパートナー」(平松ディレクター)だとみている。何よりも信頼性が求められるこの種のアプリケーションをクラウド化するという観点でも、バンコク 2 データセンターが稼働した意味は決して小さくないといえそうだ。