国内の有力ソフトウェアベンダーが加盟する業界団体のMIJS(Made In Japan Software & Service)コンソーシアムは、“日本版シリコンバレー”を目指す「JAPAN Tech Valleyプロジェクト」を開始した。米シリコンバレーのように特定の場所があるわけではなく、同プロジェクトが掲げるビジョンを受け組織された各種委員会が「場所」の役割を果たす。委員会では、国内で独自のテクノロジーやビジネスモデルをもつベンチャー企業などを発掘し、MIJS加盟企業と連携するなかで「成長イノベーション」を描くという構想だ。4月4日の記者会見と前後し、複数の金融機関が同プロジェクトに興味を示しているなど、将来的には、MIJS内に投資ファンドができる可能性もある。(谷畑良胤)

4月4日の記者会見で登壇したMIJSの主力メンバー
開放・連携型を模索へ

新理事長の内山雄輝・WEIC社長 同プロジェクトは、内山雄輝理事長=WEIC社長が2年前から温めていた構想を具現化したものという。自ら理事長に立候補し、陣頭指揮を執る決断をした。MIJSは11年前、「日本発のソフトウェアを世界へ」を旗印に立ち上がった。加盟社同士の資本提携やアライアンスは数多く実現している。世界からみれば小さい規模の国内ITベンダーが融合したことで、スピード感をもって成長してきた自負がある。
ただ、ここ数年は「活動自体がマンネリ化しつつある」という声が漏れ始め、閉塞感が漂っていた。内山理事長は、他のIT系団体にない資本・業務提携などの経験やノウハウを利用し、MIJS以外の若いITベンダーを巻き込み、グローバルで活躍する巨大ITベンダーを育てた米シリコンバレーが実現したエコシステムをつくり、業界全体に刺激を与える策に出たわけだ。JAPAN Tech Valleyのコンセプトは、MIJS加盟・非加盟を問わず、成長企業と成長企業が連携し高速でイノベーションを起こすことだ。
まず「JAPAN Tech Valley活動委員会」を設立し、ニューテクノロジー(新技術)、営業・マーケティング(金)、ビジネスネットワーク(連携)、人材育成(人)、投資評価(投資育成)の各委員会を置き具体的な活動を行う。従来のビジョンは「日本発のソフトウェアを世界へ」だったが、新体制では「企業を育て、新しいイノベーションを発掘する」(内山理事長)に変更した。内山理事長によれば、これまでのITベンダーは、企業内だけで事業展開する「自己完結型」だった。これでは企業の既得権益にさいなまれ、急激な成長ができず、海外で戦える状態にない。クラウドコンピューティングの時代になり、スピード感と企業間のオープンな連携が必要だとし、「開放・連携型」に変える。1社で完結するビジネスモデルを壊し、企業やプロダクトが相互に連携し新たな「成長イノベーション」を創出できる場をつくる。
金融機関が興味示す
具体的な活動としては、MIJS加盟社と新しい発想をもつベンチャー企業が出会う場を月2回ほど設けていく。第1回目の5月18日には、名刺管理システムのSansanの寺田親弘社長を講師に招き、ベンチャー企業やMIJS加盟社を聴講者に講演をする。すでに成功し先進的な取り組みをする先行企業の講演を聴くこうした場では、ベンチャー企業が事業内容やビジネスモデルを話す機会を設け、MIJS加盟社との連携などを探る。
具体的には、こんなスキームを描く。ビジネスネットワーク委員会でベンチャー企業が自社を紹介する。次に現状の製品・サービスを販売するためのノウハウを営業・マーケティング委員会で学ぶ。販売を増やすためには企業の体力が必要だが、ベンチャーに資金面の余力には限界があるため、投資評価委員会で、個別の資本提携や投資会社へのつなぎ役になることを検討する。内山理事長は、「投資ファンドや銀行に依頼しても、やすやすと投資が決まらない。MIJSには、加盟企業からの資金調達や、投資ファンドとのやり取りに実績がある」という。また、運転資金の調達方法まで含め、「経営者同士の顔が見えるつき合いをしているので、アライアンスを組みやすい環境がある」と話す。
JAPAN Tech Valleyの各委員会を利用し、有力ベンチャーを発掘し、MIJS加盟社と連携、育成するのが、同プロジェクトの目的だ。米シリコンバレーにあって日本にない要素としては、高リスクに資金を提供できる金融の仕組み、質の高い人材やビジネスアイデアをもつ人材の流動性、産官学が連携した体制など。最近の言葉でいえば「オープンイノベーション」を実現する場として、JAPAN Tech Valleyがあり、人、モノ、金の面を支援するということだ。

「JAPAN Tech Valley」のロゴマーク
内山理事長は、「今年度1年間で、現在70社の加盟を100社にする」と話すが、会費などを含め、資金が潤沢でないベンチャー企業向けの加盟方法を検討することが必要になりそうだ。
本紙調べでは、現在、同プロジェクトに関連し、複数の銀行など金融機関が興味を示している。有力なベンチャー企業があっても、どの程度の実力があるか投資側で計れないため、MIJSのエンドースを得る形で投資するスキームを検討できる。また、投資ファンドやインベスターが、自社で投資したIT企業をMIJSに加盟させたいとの相談も増えているようだ。投資はしたものの、成長や育成方法を知らずに放置したままであるためだ。
脱退を口にする理事ベンダーも
新年度が始まる前の理事会などで、内山理事長が同プロジェクトを明かした際、国内外で活躍するウイングアーク1stの内野弘幸社長やサイボウズの青野慶久社長らからは、「いまのIT業界を壊せ。それがわれわれの求めることだ」と激励された。一方で、少なからず反対意見もあったようだ。
MIJSの歴史をたどると、データ連携ツールなどを使い各社のソフトウェアのマスターを連携させるプラットフォーム構想や、海外に進出するうえで企業規模で競合に劣るため、株式会社化をして合従連衡する案もあった。アジアを中心に団体として訪問したり、現地のアライアンス先を探したりするなどリサーチを進め、実際に進出を果たした企業は多い。最近では、米国に営業拠点を構えるベンダーも増えている。
だが、アジアなど海外市場で欧米のITベンダーに勝つことは難しく閉塞感が漂っていた。一方で、国内の得意分野の市場だけに目を向け、安住したままのベンダーも見受けられる。この状況に手を打てていなかった。このため、団体としての求心力が弱まり創設メンバーのベンダーの社長ですら、脱退を口にすることが多くなっていた。
これまでに、米シリコンバレーを模した例は多数ある。東京・渋谷に居を構える新興ベンダーによる「ビットバレー構想」や、札幌市や岐阜市で自治体が推進したIT集積地などは、別の形になり存続しているが、「米シリコンバレーをつくる」という目的からは後退している。「日本では無理なのか」。いまだ実現していないこうした構想がMIJSにできるのか。しかし、MIJS設立時のテクノロジーから大きく変化したクラウド時代に突入した今だからこそ、可能性がある。内山理事長が掲げる理念が、多くのベンダーに波及することを期待する。(吾)