昨年まで「XCITE Japan」の名称で開催されていた日本IBMの年次イベントが、今年は「IBM Watson Summit 2016」と名前を変え、5月24日から3日間開催された。初日のパートナーデーでは、IBMが注力する「コグニティブ・コンピューティング」時代に対応するための変革をパートナー各社に促すため、新しいビジネス領域で成功を納めている米国のIBMパートナーによる講演が行われた。(日高 彰)
早くWatsonを使うのが勝ち組

「Watsonを早く使う企業が勝ち組になる」と語る日本IBMのポール
与那嶺社長 「よく『Watsonは他社のAIと比較してどう違うんですか』と聞かれるが、はっきり申し上げて、どのAIがよいのかというのは無駄な議論ではないか」。
5月24日、「IBM Watson Summit 2016」のオープニングスピーチで、日本IBMのポール与那嶺社長はこのように発言し、会場に詰めかけたビジネスパートナー各社の注意を引きつけた。もちろん与那嶺社長は、他社がAIと呼んでいる技術に対して、Watsonには圧倒的な優位性があると考えている。先のコメントの真意は、続けて発せられた“下の句”を聞くとわかる。
「重要なのはAIではなくデータ。しかし、データを学習するには時間がかかる。だから、ポイントは(WatsonにしろAIにしろ)早く使うこと。早めに使う企業が勝ち組になる。Watsonはすでに日本語版が完成済みで、業種ごとの実績をもっており、早くソリューションとして展開できるのが強み」(与那嶺社長)。
Watsonも、他社のAI技術も進化を重ねていくだろう。しかし、いますぐ使い始めるための環境が最も整っているのはWatsonであるという主張だ。

パートナーデーのために米本社から来日した、世界のIBMパートナービジネスを統括するマーク・デュパキエ・ゼネラルマネージャー。「重要なのはデータであり、スピードだ」と強調する
塩漬けのデータから収益を生む

Ironside
ティム・クレイタックCEO 今回のWatson Summitでは、世界のIBMパートナーのなかでも、IBMの分析技術の活用によって最も先進的な事例をつくり上げたベンダーの1社として、米ボストンに本社を置くビジネス分析事業者のIronsideが紹介された。日本のパートナー各社を前にステージで講演した同社のティム・クレイタックCEOは、昨年、ニューハンプシャー州マンチェスター市警察に導入した予測分析ソリューションによって、警察官の配置を最適化し、同市の犯罪件数を前年から26%減らすことに成功したとアピールした。
クレイタックCEOによると、Ironsideは全案件のうち約95%で「Cognos」や「SPSS」など、IBMの分析ソフトウェアを使用しているという。IBM製品は、「複数の技術が互いに連携し、分析のプラットフォームとして機能する」(クレイタックCEO)ことがポイントで、分析自体に加えて、データの統合・管理や変換など、高精度な分析結果を得るためのツールが揃っていることが採用の決め手になっているという。ほとんどの企業は、すぐに分析エンジンに取り込める形ではデータを保管していないため、データの在処や形式をうまく集約できるかが、分析ソリューション導入の成否を大きく左右する。
逆にいえば、基幹システムで塩漬けになっているデータも上手に整理することができれば、ビジネスに役立てられる可能性が高い。Ironsideでも保険業や流通業の顧客に対し、過去の取引情報から将来を予測し利益を創出する「データ・マネタイゼーション」のソリューションを提案しているという。また同社では、Watsonをはじめとするコグニティブ技術にも大きな期待を寄せる。「例えば、保険会社での加入審査業務をWatsonで支援すれば、人手を減らしながら審査のスピードを上げ、同じ期間内により多くの加入者を獲得するといったことも可能になる」(クレイタックCEO)。
先に紹介されたマンチェスター市警察向けのソリューションは、すでに他の9か所の警察組織で導入の検討が行われており、うち3件はパイロット導入の作業が行われている。導入効果を数字で示せる事例が一つできると、“横展開”しやすいのが分析ソリューションの特徴だという。
変革には人への投資が不可欠
Watson Summit・パートナーデーのステージにはもう1社、シリコンバレーに本社を置きグローバルでIBM製品を販売するSycompが招かれた。同社は1994年の創業当初、ディジタル・イクイップメント(DEC)の製品を販売していたが、DECがコンパックに買収されたことで事業転換を余儀なくされ、扱う商材をDECからIBMに切り替えた経緯がある。その後、サーバーとOSライセンスの販売が大半だった自社のビジネスを、セキュリティやマネージドサービスなども含むインフラのトータル提案へと拡大し、さらに米国からグローバルへと地理的な事業エリアも拡げている。現在では、IBMのハードウェアとソフトウェアを核にしたデータセンター/クラウド基盤構築で有数のパートナーとなっている。

Sycompのマイケル・サイモンズCEO(左)と、
米IBMデビッド・カールキスト・バイスプレジデント
DECからIBMへ、“箱売り”からソリューションへ、国内から世界へ、と計3回の変革に成功したSycompのマイケル・サイモンズCEOは「専門性をもつ人に対する投資」が成功のカギだったと説明する。大事なのは、新たな人を雇うだけでなく、その人がもつ能力を社内に拡げていく文化と、ビジネスの変革が会社の成長につながっていることを社員に実感してもらうことだという。また、「ある領域へのフォーカス、コミットメントも重要。フォーカス領域がないと、企業の立ち位置がぼやけてしまう」(サイモンズCEO)とも指摘。同社では、サーバーやストレージといったインフラ製品に加え、セキュリティを新たなフォーカス領域としたことが、成長の大きな原動力となった。
また、Sycompの事業をよく知る米IBMのワールドワイド・システムズ・チャネル担当のデビッド・カールキスト・バイスプレジデントは「ソフトウェアやサービスを扱うことで、従来のハードウェアもさらに売れることをSycompは証明した」と付け加える。
コグニティブとクラウドへのシフトを後押しするため、IBMは来年1月にパートナープログラムを刷新することを発表している。トレーニングプログラムの日本語化や無償提供範囲拡大などを実施するほか、従来は製品販売の商流に入らなかった、データソースの提供企業などにも還元策を用意する。パートナー各社のスキルアップを促進し、既存ビジネスから成長分野へスムーズに軸足を移せるよう支援の強化を図る。