ウイングアーク1stなどIT関連企業とタクシーなどの運輸事業会社はこのほど、デジタルテクノロジーを活用し共同で運輸業界の革新を実現する任意団体「運輸デジタルビジネス協議会(TDBC)」を立ち上げた。IT関連のソフトウェア会社のほか、車載・生体センサ、スマートメーターなどを提供する「サポート会員」が運輸会社の「運輸事業会員」を支援する。UBER(ウーバー)のタクシー配車サービスが登場したり、人口減による配車数の減少など、同業界の事業環境は厳しさを増している。運輸会社の多くは中小企業で投資余力がなく、ITを使った変革が道半ばだ。そこで、IT業界がノウハウを持ち寄り共通基盤を構築するなどで、運輸会社が安価にITを使える環境を整える。(取材・文/谷畑良胤)
慢性的な人不足

設立総会で挨拶に立つ
発起人代表である
ウイングアーク1stの
内野弘幸社長
CEO TDBCは、愛知県名古屋市でタクシー会社を営むフジタタクシーグループとITを使った事業改革を議論していたウイングアーク1st(内野弘幸社長CEO)が発起人代表として8月9日に発足。設立までは、他のIT企業とも共同で、2015年4月28日から11回にわたり会合を開き、運輸に関わる安心・安全に関する実証実験を実施してきた。この実証実験を踏まえ「広く参加会員を募り、最新のテクノロジーを使って運輸業界全体を革新するため積極的な活動をすることにした」と、発起人代表の内野社長CEOは、同協議会発足の経緯を説明する。
同協議会の趣旨は「運輸業界とICTなど多様な業種のサポート企業が連携し、デジタルテクノロジーを利用することで運輸業界を安心・安全・エコロジーな社会基盤に変革し、業界・社会に貢献する」としている。
当初は、「運輸事業会員」として佐川急便の持株会社、SGホールディングス、ダンプレンタル会社のP&J、上記のフジタタクシーグループが参加。参加を募る運輸会社としては、タクシー、トラック、ダンプ、バスなどを想定。「サポート企業」として、IT関連企業のACCESSやオムロンなど車載、生体センサやスマートメーターなどを提供するIT企業のほか、ドライバーの健康を考える大塚製薬、人材マネジメント会社など11社や学識者が名を連ねた。これら運輸関連企業がデジタルテクノロジーでイノベーションを実現することや安心・安全な職場環境の提供、人材不足の課題解決といったことを共同で研究する。
8月9日の設立総会で内野社長CEOは、「運輸業界で働くドライバーは、国内の労働人口の5%。慢性的な人手不足であり、効率よく人を活用する必要がある。IT関連では、タクシーやトラックには、環境や位置情報、車載カメラなどに関係する車載機器がいっぱい搭載されている。しかし、汎用的でなく、複数の事業会社が共通で使えず、高価な機器が多くハードルが高い」と指摘。つまりは、投資余力が少ない運輸会社にとって、「守りの投資」はできても、「攻めの投資」はしにくいということ。同協議会では、これら事業会社からヒアリングし課題を洗い出し、共通で使える基盤のような仕組みを「地道な活動で生み出す」(同)としている。

SGシステムの安延申元社長は「運輸・物流業界はIT化しないですまなくなる」と警告した 設立総会では、SGシステムの元社長、安延申氏も登壇し、最近のテクノロジーやビジネスモデルを紹介するなかで、運輸業界の課題を次のように警告した。「日本国内では、タクシー規制が厳しくUBERが使えるのは、一部のローカル地区だけだ。ただ、タクシーの配車が少ない地域の高齢者にとってはありがたい仕組み。米国などでは、自動運転のタクシー配車がでてきているし、IoT(Internet of Things)やAI(人工知能)を活用した運輸・物流の改革は進んでいる。IT化をしないではすまなくなる」。
車載機器は高価
事業会社に名を連ねたフジタタクシーグループの吉田清信・常務取締役は、「経営情報の可視化に加え、事故データを管理しタクシーが出庫してすぐの事故が多いことを突き止めた。車載カメラのデータから画像を解析し、ドライバーの悪い癖を発見し、社内のモニターでドライバーに研修している」と、ITを使った事業改革の実例を示した。同社ではこの取り組みにより、IT導入前に比べ事故が25%減った。一方で、タクシー業界は慢性的な人不足の状態にあり、「高齢者でも安心してドライバーを続けられる健康管理を含めた対応が必要」(同)と、デジタルテクノロジーを使った改革を急ぐ。
ダンプレンタル会社のP&Jの許峻策・取締役本部長も、「当社のダンプにはGPSや加速度センサを搭載し、リアルタイムに走行をモニタリングしている。急加速や急減速などを地図データにあてはめ、事故が起きる原因や健康状態との因果関係などを研究している」という。
東京都トラック協会によれば、都内には3500社の事業会社があるが、99%が中小企業だ。都内のトラック会社は、石原慎太郎知事時代に温暖化に対する規制が厳しくなり、5年前から自主的に「グリーンエコプロジェクト」を開始。この取り組みで、タンクローリー2000台分のガソリンを削減でき、CO2の排出を大幅に減らすことに成功したという。同協会の遠藤啓二・環境部長は、「トラックの事故は、7割が交差点で起きている。エコドライブを実行することで、無理な運転を控え事故が減っている」と、エコと安全の面でITを活用する必要性を訴えた。運輸会社のなかには、このように積極的にITを活用する事業会社があるものの、まだ一部に限られる。運輸会社に導入されるITは、バックエンドのシステムだけでなく、車載機器など端末が加わる。車載機器は、個々の運輸会社にベンダー側でカスタマイズした専用端末であり、汎用的でなく、別の機器との連携が難しい。専用端末であるため、機器は高価になる。
設立総会に参加した運輸会社の関係者からは、「これだけクラウドが進展し、安価で簡単に導入できるシステムがあるのに、運輸会社の中小企業で安価に使える仕組みがない」と嘆く声が聞かれた。TDBCがどういう形で運輸業界の声を拾い、個々の課題解決策を打ち出せるかは未知数だが、安延氏が「ITに関心がないといっている場合ではない。いまから準備する必要がある」と言う通り、IT企業と連携し地道に解決の糸口を探すことは意義がある。