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FinTechの波は老舗業務ソフトメーカーにも新興クラウド会計とは異なる価値を追求

2017/02/02 09:00

週刊BCN 2017年02月06日vol.1664掲載

 クラウドネイティブな会計・業務アプリケーションを携えて小規模事業者向け業務ソフト市場に新風を巻き起こしたfreeeやマネーフォワードは、近年、国内のFinTech市場を牽引する存在としても注目を集めている。一方、ここにきてFinTechサービスへの積極姿勢を明確にする老舗の業務ソフトメーカーも目立つようになってきた。IT産業の成長領域として、バズワードの域を超えて浸透しつつあるFinTechを、業務ソフト業界はものにできるか。(本多和幸)

 マネーフォワードは1月10日、資金調達サービス「MFクラウドファイナンス」の第一弾として、GMOイプシロンが提供する「GMOイプシロン トランザクションレンディング」の取り扱いを始めた。同社のクラウド会計や請求書作成ソフトのデータを活用して、融資の審査のプロセスをオンラインで完結させ、最短で即日での融資を実現するという。freeeも、2016年10月にはジャパンネット銀行と共同で同種のサービスの提供を始めており、「クラウド型会計ソフトのデータを融資の審査に活用した国内発のサービス」(freee)と謳っている。同12月には、横浜銀行もfreeeのクラウド会計ソフトのデータを活用した融資サービスの提供を開始している。両社とも、「中小企業のお金の流れに新しい道を開く可能性を秘めている」という趣旨のメッセージを打ち出している。

 一方で、老舗の業務ソフトメーカーは、こうした動きを一つのベンチマークとしつつも、新興クラウド会計ベンダーとは異なる価値をもつFinTechサービスを模索している印象だ。

FinTechサービスにいちはやく取り込んだTKC

 FinTechサービスと銘打って、16年にいちはやく新たな事業を立ち上げた老舗メーカーがTKCだ。会計事務所向けシステムの大手として、長年市場で大きな存在感を示してきた同社にとって、会計事務所はユーザーであるだけでなく、その顧問先企業向け会計システムの販売チャネルを担ってくれる重要なパートナーでもある。一般企業向け会計システムは、100%会計事務所パートナー「TKC全国会会員」経由で提供するというビジネスモデルを堅持している。

 TKCのFinTechサービスは大きく分けて二種類ある。一つは同社の会計ソフトを使っている一般企業向けのサービスで、さまざまな金融機関から取引データを自動受信するとともに、仕訳ルールの学習機能も備え、仕訳入力業務を効率化する。データアグリゲーションサービスを提供するマネーツリーと共同開発したもので、freeeやマネーフォワードがクラウド会計ソフトをリリースした当初から看板機能として前面に押し出してきた、取引データの自動取り込み、自動仕訳(※その特許を侵害したとしてfreeeがマネーフォワードを提訴している)に近いものといえそうだ。しかし、TKCの角一幸社長は、「会計と税務の専門家が提供するサービスとして、データを絶対にダブらせない、漏らさない、正しい仕訳にするという機能の質にこだわったし、最終的な勘定科目の決定については、自動化を促進しつつも、人間の目でしっかり確認するプロセスを入れている。常に税法上の“正しい会計”に誘導する仕組みにしているのが、新興ベンダーとの大きな差異化ポイントだ」と話す。機能のクオリティで明確に自社のサービスがすぐれている自負があるということのようだ。

 TKCの二つめのFinTechサービスが、金融機関向けの「TKCモニタリング情報サービス」だ。これは、TKC製品のユーザーである一般企業、つまりはTKC全国会会員の顧問先企業の財務・税務データを、彼らの許諾のもとに金融機関に提供するという内容だ。最新業績をオンラインで閲覧できるようにするほか、月次試算表、決算書や税務申告書などのデータも提供する。freeeやマネーフォワードがクラウド会計ソフトなどのデータを金融機関と共有して融資の審査プロセスを効率化した前述の取り組みに近い。16年10月に一部サービスをリリースし、今年4月にフルラインアップになる予定だ。16年12月の時点で300を超える金融機関からの問い合わせがあり、160行ほどが利用を開始しているという。

 角社長は、「TKCのシステムは遡及的処理ができないようになっているし、TKC全国会会員が顧問先を月次で巡回監査しているため、ユーザーの決算書は圧倒的に品質が高いという評価を得ている」と、金融機関側に提供するデータの質こそが差異化ポイントになると強調する。また、同社の飯塚真規・代表取締役専務執行役員は、「デフォルトしないようにすることがいまの金融機関が最優先している課題で、融資の審査に用いるデータの正確性が何よりも求められている」と指摘し、目下の金融機関のニーズにより的確に応えられるサービスをつくり上げたという自負を滲ませる。

 TKCモニタリング情報サービスは、金融機関には無償で提供される。これには、「TKC全国会会員の地域社会における金融機関からの信頼を固めてもらう」(角社長)意図があるという。角社長は、「金融機関にとっては、TKC全国会会員の顧問先企業との取引を拡大したほうが合理化は進むことになる。TKCのFinTechサービスを通して、信頼できるデータを適時入手できるようになるからだ。結果として、TKC全国会会員に金融機関側が新しい顧問先企業を紹介するという流れも加速するだろう」として、同社にとっての最重要パートナーである会計事務所側のメリットも大きいと解説する。TKCにとっては、既存のパートナー資産を防衛するという側面もある。

MJS、弥生、OBCも金融機関との連携を模索

 会計事務所向けシステムではTKCと並ぶ大手であるミロク情報サービス(MJS)も、FinTechへの積極姿勢を示している。しかし同社は、財務会計システムのデータを金融機関と共有するのではなく、スモールビジネス向けのクラウドプラットフォーム事業を新たに立ち上げ、そこで展開する振込代行や請求書発行などの自社サービスにより可視化された企業の入出金データを融資仲介サービスなどに活用していく方針を示している(週刊BCN1662号2面に詳細)。

 また、スモールビジネス向け業務ソフトのトップベンダーである弥生、さらにはスモールビジネス向けクラウド会計に本格参入した中堅・中小企業向け業務ソフトトップベンダーのOBC(週刊BCN1660号2面に詳細)も、金融機関と連携したFinTech施策を近く始める意向を示している。弥生の岡本浩一郎社長は、「現時点ではどのようなサービスになるのか詳細はいえない」としながらも、「事業者側には、金融機関側に会計システム内のデータをリアルタイムで公開することに対する嫌悪感ともいえるような感情が根強くあるのも確か。それでも、事業者の資金需要があるのは確かだし、貸し手側も融資のプロセスの自動化を進めたいと考えている。弥生は金融機関側とすでに協議していて、われわれのアイデアに対する反応は非常にいい。サプライ側のロジックによるものではなく、お客様からみたメリットが明確にみえる、他社とは明らかに違うサービスを提供することができると思っている」と話している。

 各社各様の取り組みを始めようとしているFinTechは、まだまだ試行錯誤の域を脱していないが、17年は、業務ソフト基点のFinTechサービスのかたちが定まってくる年になるといえそうだ。
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