地方創生の取り組みにおいて、IT産業の誘致に動く自治体が多い。クラウドの普及によって、PCさえあれば仕事ができる時代となり、少ない初期投資で起業や支店設立ができるため、誘致しやすいとされるからだ。とはいえ、どこでもいいというわけにはいかない。新たなIT産業集積地を目指す長野市と飯山市は、山と川の豊かな自然環境と、新幹線の停車駅があることで首都圏にアクセスしやすいことをアピールし、IT産業集積地を目指している。(取材・文/畔上 文昭)

長野市をIT産業の集積地に

 日本一の長寿県として知られる長野県。厚生労働省公表の平成22年(2010年)国勢調査によると、男女とも平均寿命のトップであった。長寿の要因が何かはともかく、山と川という豊かな自然を誇る長野県は、都心からのアクセスもよく、UターンやIターンの有力な地域の一つとなっている。

 「豊かな自然を魅力と感じる企業や起業家を長野市に誘致したい」と、長野市東京事務所の小柳仁彦・所長は考えている。とくにIT産業の誘致に積極的で、16年1月に「長野市ICT産業誘致・起業プロジェクト」を立ち上げ、長野市をIT産業の集積地にすることを目指している。同プロジェクトのメンバーは、地元の産学官から選出。金融機関やシンクタンクも名を連ねる。
 

右から、長野市東京事務所の小柳仁彦・所長、長野市商工観光部の小林祐二・
産業政策課長、湯本智晴・課長補佐、小林崇志・係長

 また、長野市ICT産業協議会とも連携し、「長野市版ICTベンチャー誘致育成プログラム」を推進。同プログラムについても、地元の金融機関の融資や企業の出資・業務提携などの支援を受けられるようになっている。こうした誘致のための制度を整備し、IT関連企業の誘致を目指す。

 長野市がIT産業に注力する理由について、「ITの活用は、すべての産業に不可欠。IT関連の企業を誘致できれば、あらゆる産業に波及していく」と、長野市商工観光部の小林祐二・産業政策課長は説明する。市内には電算や富士通といった大手企業が存在するものの、企業数としては他の主要都市と比較して少ないという。「新幹線なら大宮から約1時間。長野市は都心からのアクセスがいい。出身地に戻りたいという首都圏在住のエンジニアも多いので、その受け皿となるような環境を用意したい」と、湯本智晴・課長補佐は続ける。

 とはいえ、豊かな自然や都心へのアクセスだけでは、IT産業の集積地とするのは難しい。そこで長野市は、このところのトレンドであるIoTやAI(人工知能)に注目。なかでもIoTは、精密工業や農業が盛んな地域だけに期待度も高い。「農業とIoT、環境とIoTなど、期待できる分野はたくさんある」と長野市商工観光部の小林崇志・係長は、IoTに大きな可能性を感じている。

 そこで長野市は、セミナーを開催するなど、地域の関係者に最新のトレンドを伝えることにも努めている。地域の企業がIT投資に積極的であれば、IT関連企業の誘致もしやすくなるということも期待できる。

 「まずは一度、長野市に来て感じてほしい」と小柳所長。長野市では、合宿や研修といったかたちで地域を知ってもらうための機会も設けている。長野市ICT産業誘致・起業プロジェクトのスタートから約1年。「長野市は、何かおもしろいことをしているよね」(小林課長)と注目されるように、さらなる施策も検討している。
 

山と川の豊かな自然環境と首都圏へのアクセスのよさで新たなIT産業集積地を目指す
 

YOUはなぜ長野市に?

使えるネット
ジェイソン・フリッシュ
代表取締役社長CEO

 レンタルサーバーやVPS(仮想専用サーバー)、専用サーバー、クラウドバックアップなどを提供する使えるネットは、長野市で創業した。創業者はオーストラリア出身のジェイソン・フリッシュ代表取締役社長CEO。長野市を選んだのは、奥さんの出身地であることが最大の理由だが、それだけではない。

 「長野は自然が豊かで、首都圏へのアクセスがいい。家賃が安いのも魅力。まじめな県民性で離職率が低いため、人材の育てがいがある。週末にはスキーやハイキング、バーベキューなど、楽しみがたくさんある。逆に、なんで長野に来ないの?と思うほど」と、ジェイソン社長は長野を絶賛する。

 ICT関連企業の多くは、インターネット回線さえあれば業務をこなすことができる。ジェイソン社長は「東京に集中するのはおかしい」と指摘。ICT産業の集積地を目指す長野市にも、可能な限り協力していく考えだ。

“お試し期間”助成も用意

長野県産業労働部
産業立地・経営支援課
創業・サービス産業振興室
中澤敏正
課長補佐兼サービス
産業創出係長

 長野県では、IT関連の産業を誘致するために、以前から「ICT産業等立地助成金」を用意している。同助成金は、県内に事務所を新設し、5人以上を雇用するなどの条件を満たせば、雇用一人当たり30万円、建物・設備機器などの賃借料の50%といった助成金が、限度額3億円で提供される。

 ところが、「あまり使われていない」と、長野県産業労働部の中澤敏正・課長補佐兼サービス産業創出係長は語る。そこで長野県では、「ときどき&おためしナガノ」事業として、最大6か月分の住居費用とオフィス賃貸料を助成する制度を昨年から開始。少しずつ成果を上げ始めている。飯山市にオフィスを移したベンチャー企業のベアシーズは、同制度を利用。豊かな自然が気に入り、そのまま飯山市に拠点を移した。

 また、県内人材の発掘を目的とした「オープンハッカソン」を支援したり、資金調達を支援するために「クラウドファンディング活用促進事業」関連の講習会や交流会を実施したり、IT産業の誘致に力を入れ始めている。「まだ手探りの状態」と中澤課長補佐。できることから少しずつ進めていく考えである。

 ちなみに、長野県は水資源が豊富で渇水による影響を受けない。夏は涼しく、湿度が低い。台風の影響を受けにくいことでも知られる。また、移住希望地域では、さまざまなアンケートで1位となっている。長寿に関しては全国1位でありながら、一人あたりの高齢者医療費は、全国5位の低さを誇る。何かと話題の待機児童数は、ゼロ。これらに加えて、今まさにIT産業の集積地を目指しているという地域を挙げての歓迎ムードが高まっている。

飯山市は施設で起業者支援

 長野駅から北へ、新幹線で一駅進むと飯山駅。飯山駅のある飯山市では、新幹線の建設時に使われた旧独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構の建設所を譲り受け、「飯山市起業支援センター」として、16年10月1日にオープンした。同センターは、起業家を育成し、新たな雇用の創出の機会とすることを目指している。オフィススペースとしては、個別オフィスのほか、コワーキングタイプとブースタイプの共同オフィスを用意。交流・談話スペースや会議室、研修室のほか、シャワー施設も完備している。
 

飯山市起業支援センター。入居企業を募集中

 「飯山市では移住施策を推進しており、年間で20から30人が移住してきている。この1年ではその動きが加速し、3から4倍の人が興味を示していて、多くの人が移住してくると見込んでいる。なかにはIT系の仕事をしていたという人もいるので、起業支援センターに期待したい」と、飯山市経済部商工観光課の坪根一幸・課長はIT系のベンチャー企業を同センターに誘致したいと考えている。とくにソフトウェア関連は、大きな設備投資を必要としないため、ネットワークが整備されたワーキングスペースがあればいい。起業支援センターに向いているというわけだ。

 現在入居しているのは、ベアシーズの一社。個別オフィスは、二部屋空いている。「4月以降に二期工事を計画していて、もう少し個室を増やす予定」(坪根課長)とのこと。今後も企業誘致に注力していく考えだ。
 

右から、飯山市経済部商工観光課の坪根一幸・課長、小野幸司・商工係係長

 起業支援センターは起業家支援を目的としているが、「テレワークの拠点としての利用や、サテライトオフィスとしての利用でも開放していくことを検討している」と、飯山市経済部商工観光課の小野幸司・商工係係長は多様なかたちでの支援を考えている。

 雪国である飯山市は、市内に斑尾高原スキー場を始め、合計三つのスキー場があり、近隣自治体のスキー場へのアクセスもいい。雪を求めてくる海外からの移住者も増えていて、国際色豊かな観光地となりつつある。

 

毎年1月下旬から2月下旬まで開催される「かまくらの里」。
かまくらの中で名物「のろし鍋」を食べることができる

 IT業界では、豊かな発想力が求められるIoTやAIなどが注目キーワードとなっている。豊かな自然が、それを後押しできるのか否か。まずは長野に行ってみよう。

YOUはなぜ飯山市に?

ベアシーズ
會田昌史
取締役CTO

 「これまでにない新たなプロダクトをビジネスとして提供する」ことを掲げるベンチャー企業のベアシーズは、長野県の優遇制度をきっかけに飯山市に拠点を移した。「当時は、3Dプリンタで食品をつくる事業に取り組んでいて、飯山では良質な食材が手に入りやすかった」と、會田昌史・取締役CTOは当時を振り返る。
 拠点を移して約1年間は商店街の空き店舗を利用。その後、飯山市が飯山市起業支援センターの提供を開始したため、ネットワークや共有会議室などの設備が整っている同センターに拠点を移した。
 現在では、AIやIoT関連に取り組んでいる。地域のスキー場と提携してIoTを活用したスマートフォン向けのサービスの提供や長距離バスの定額サービスの開発に取り組んでいる。

會田CTOは、長野県で開催されるハッカソンなどにも積極的に参加していて、「まじめな人が多く、スキルも高い」と長野県の人材を評価。採用活動を行うときは、県内に人材を求めたいとしている。