ITベンダーが「地方創生」を目的として、雇用拡大に悩む地域へ拠点を構える動きが活発化している。インターコムは、千葉県南房総市にR&D業務を担う拠点を開設。クオリティソフトは、和歌山県白浜町に本社を移転した。両社とも、創業者の故郷に対する雇用や産業への貢献が目的だが、一方で、インターネットがあれば業務が成り立つITの業務を地方に分散し、「働き方」を見直す契機にすることをねらっている。両社の最近の動きのほか、地元自治体からの期待を取材した。(取材・文/谷畑良胤)

201705191145_1.jpg

インターコム
次の展開でソフト技術者採用へ U・Iターンの人材を募集

 通信ソフトウェア開発・販売のインターコム(松原由高社長)が、創業者である高橋啓介会長CEOの地元、千葉県南房総市(旧千倉町)に100%子会社のインターコムR&Dセンターを開設したのは昨年10月。同社のパッケージ製品の配送センターとコールセンターの役割を果たす拠点として、業務を開始して半年以上が経った。いまでは、配送業務のすべてを東京本社から移管。コールセンター業務も、コンシューマ製品を中心に3分の1を担うまでに拡大している。今後、同センターをソフトの受託開発やテストを請け負う拠点とするため、市内か近郊に住む人を対象に、地元紙などで技術者の募集をしている。
 
201705191145_2.jpg
正面玄関前の入り口門
旧ちくら保育所を改装して開設したインターコムR&Dセンター。建屋手前の旧園庭は、来訪者用の駐車場にした

 同センターは、同市と企業立地に関する基本協定を結び、市の空き施設である旧「ちくら保育所」(木造鉄筋コンクリート平屋建て838平方メートル)を利用。業務開始までには、保育所特有の子ども用トイレや各教室にある水道設備、セキュリティ確保のため正面玄関の施錠や下駄箱などの設備を改装した。改装に伴う修繕費は、南房総市が負担した。
 
201705191145_3.jpg
センターの業務を任されている取締役顧客支援部部長の田中英之・R&Dセンター長は、
業務が順調に移管できていることを強調した

 同センターの取締役顧客支援部部長である田中英之・R&Dセンター長は、「開設前の8月から、採用者は東京本社で配送業務担当が2か月、コールセンター担当が3か月の研修を行い、10月から業務を開始した。本社での研修で必要な交通費や宿泊費は、南房総市が負担してくれた。コールセンターの難しい問い合わせ対応は、一部本社にエスカレーションしている」と、一部を除き、配送とコールセンターの本社機能を順調に移管できていると、現状を説明する。

 当面の課題は、コールセンター業務のすべてを同センターが担うまでに人材育成することと、ソフト技術者の採用だ。田中R&Dセンター長は、「地元採用は苦労している。地元で働くことを検討しているUターンの方や、自然環境にすぐれたこの地で働きたいというIターンの人材を求めている」と話す。高橋会長CEOは、「立ち上げ時の核となる技術者が欲しいため、採用基準は高めにしている」と、同センターを収益を上げる拠点にするため、人材採用を慎重に進めているという。
 最近では、同センターの知名度が上がり、「地方創生」を推進する総務省や、他県の自治体などからの視察が増えている。「地元の期待も高く、早く軌道に乗せたい」と、高橋会長CEOは、早期に地元の雇用や産業への貢献をしたいと語る。

南房総市
若い人材の雇用に期待 将来は「地元の核」の企業へ

 南房総市は、2006年に7市町村が合併して誕生した。現在の人口は約3万9000人。地元の産業は、農業、漁業の一次産業と観光業が主だ。合併後、10社程度が同市に工場や事務所を新規に構えるなど、企業誘致は一定の成果を上げている。イチゴの生産・加工・販売を手がけるある会社が、事業承継ができず手放したハウスを使って栽培の拡大や加工設備を新設する例もある。
 
201705191145_4.jpg
左から南房総市の石井裕市長と
インターコムの高橋啓介会長CEO

 一方で、少子高齢化を受け、学校などの空き公共施設を再利用するため、同施設を利用した誘致活動を活発化している。そうしたなか、インターコムから拠点開設の依頼を受け、「若い人の雇用促進や施設の再利用、地元産業への貢献が期待できる」と、石井裕市長は、この要請に対し即座に受け入れを表明した。

 同市の企業誘致は、一定の仕組みはあるが「基本的には、企業各社と綿密に話し合い、支援策はオーダーメードで対応している」(石井市長)と話す。インターコムに対しては、設備改装費や賃貸料、インターネットの通信費、研修用の交通費などを市が負担するため、社債2000万円を受け入れる形で資金を調達したという。

 市によれば、IT企業を誘致した例としては、IT機器メーカーなど複数ある。インターコムのようなソフト会社大手は初だ。石井市長は、「若い人の受け皿がなかった。インターコムには、地元の若い人の勤務先として雇用貢献に期待をしている」と話す。インターコムの高橋会長CEOは、「今期中(18年3月期)に、従業員を現在の10人から30人に増やす。地元で優秀な人材が確保できれば、将来的には、いまより大きい施設に移転することも検討したい」と、石井市長の期待に応え、市の核になる企業を目指し、事業拡大に向けた将来展望を描いている。
 
201705191145_5.jpg

クオリティソフト
本社を麹町から南紀白浜に移転 イノベーションを起こす核になる

201705191145_6.jpg
式典であいさつするクオリティソフトの浦聖治社長

 セキュリティソフトウェア開発・販売のクオリティソフト(浦聖治社長)は昨年12月、登記上の本店所在地を東京・麹町から和歌山県(西牟婁郡白浜町)に移転した。麹町には営業部門および技術部門と管理部門の一部だけを残し、その他ほとんどの機能を南紀白浜に移した。この「白浜本社」の敷地面積は1万8242平方メートル、建物が2500平方メートルの広さを有する。旧生保会社の研修センターを購入し、ワークスタイル変革を意識したデザインに改装した。
 
201705191145_7.jpg
4月14日には、白浜本社のグランドオープン式典を開催。
和歌山県の仁坂吉伸知事や東京から来たIT業界関係者ら100人以上が神事に参加した
 
201706011758_1.jpg
クオリティソフトの「白浜本社」は、海岸沿いに位置している

 4月14、15の両日には、IT業界関係者や地元自治体らを招き、同本社の「グランドオープン式典」や「働き方改革」をテーマにした記念フォーラム、同社の新事業であるドローンを地元の人と体験するイベントなどを開いた。式典では、和歌山県の仁坂吉伸知事が、「浦社長は、東京からいろいろな仲間を連れてきてくれるので、白浜町が知られるようになった。地元の雇用だけでなく、ITでも可能性が広がった。白浜から世界を目指す拠点になることを期待している」と、本社移転に歓迎の意を表した。浦社長は、「この場所をイノベーションを起こす核になる場『INNOVATION SPRINGS』とする。さまざまな人が勉強をしてもらう場でもある」と、語った。

 この日は、働き方改革をテーマに記念フォーラムが開かれ、納品のない受託開発で知られるソニックガーデンの倉貫義人社長CEOとクラウドソーシング会社、キャスターの中川祥太社長がリモートワークについて議論した。翌日は、クオリティソフトがドローンの新事業を立ち上げたことから、「ドローン・フェスタ」と題し、地元の親子を招き、飛行体験などを実施した。
 
201705191145_8.jpg
オープンイベントとして「働き方改革」をテーマに記念フォーラムを開いた。
左からキャスターの中川祥太社長とソニックガーデンの倉貫義人社長CEO

 クオリティソフトが機能の一部を白浜町に開設したのは、ソフトウェア品質保証のために(株)エスアールアイを設立した2001年に遡る。東京にある必要性の薄い研究開発やヘルプデスクなどの機能を徐々に移転してきた。以前の建屋も、海の近くで眺望にすぐれていたが、白浜本社はそれに加え広大な敷地にめぐまれている。ソフト開発を手がける子会社のエスアールアイ(17年1月に吸収合併)は、社員の大半が県内出身者だ。新社屋の2階部分には、貸オフィス/12室を設置した。今後、このスペースは、開発合宿やハッカソンなども出来るコワーキングスペースとして整備する。

和歌山県
IT企業誘致で新オフィス設置へ 視察者にも宿泊費などを補助

201705191145_9.jpg
和歌山県企業立地課新産業立地班の辻和彦主査は、
IT企業の誘致は地方活性化が目的と語る

 和歌山県は、IT企業の誘致に積極的に取り組んでいる。2004年には、IT企業の入居を目的として、空き保養所を県と白浜町で改装した「白浜ITビジネスオフィス」を開設。現在同オフィスには、セールスフォース・ドットコムやNECソリューションイノベータなど、地元を含め全国で活躍するIT企業など、10社(従業員約30人)が入居している。

 県企業立地課新産業立地班の辻和彦主査は「同オフィスは開設当初、入居者が少なく、入居しても定着しなかった。だが、IT業界でテレワークが浸透してきたほか、地方創生を目的に地域に拠点を移す動きが活発化した」と、ここ数年、首都圏からの視察者が増えている現状を話す。IT企業に関していえば、コールセンターやソフト開発などの部門が、白浜町のほか、和歌山市や田辺市の「紀南地域」に多く進出している。県内に誘致したIT企業だけで、従業員は1000人以上に達している。

 このため県では、IT企業の入居を増やすため、17年度予算で新たなオフィスを開設する。白浜町にある平草原公園の管理事務所を改装し来春に開設するほか、クオリティソフト白浜本社のスペースを借り入れ、受け入れ施設を増やす。また、視察者をより増やすため、地方展開に興味のあるIT企業代表者が県内のホテルなどに宿泊し視察した際に、最大4万円のギフト券を進呈するほか、開発合宿(ハッカソン)や研修会を実施するのに必要な経費の一部を補助する事業を開始した。

 辻主査は、「白浜町に機能を移転したあるIT企業のテレコール部隊は、商談件数の発掘が東京にいるより20%増えたという実績が出ている。通勤時間が短く、家族と触れ合う時間も長く、働き方を変えたことが有効に作用した。将来的には、県内に来たIT企業が地元を盛り上げる役割を果たし、米国のシリコンバレーのように熱気が高まることを期待している」と話す。県内の雇用促進や税収増加など財政上の貢献というより、人材育成や地方活性化を目的にIT企業の誘致を拡大している。