米IBMは近年、x86サーバー事業の売却に象徴されるように、ハードウェアメーカーとしての側面をどんどんと削ぎ落とすなど、ビジネスのかたちを大きく変えてきた。今や、コグニティブ・コンピューティングの「Watson」が、IBM製品のポートフォリオの核といってもいい。しかし、実はそれ以外にも、既存事業の方針転換や、新規事業の立ち上げの動きは活発で、彼らのビジネスのトランスフォームはまだまだ途上のようだ。日本IBMも、そうした新しい動きを日本市場での活動に落とし込むべく、新たな施策を打ち出している。果たして、変革の先に大きな成果をものにすることができるか。(本多和幸、廣瀬秀平)

ブロックチェーンビジネスを本格化
2020年、600億円市場の25%を獲る

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鶴田規久
執行役員

 日本IBMは、ブロックチェーンビジネスへの注力を本格化している。今年10月から、ブロックチェーンを活用したシステム構築・運用を支援するフルマネージドサービス「IBM Blockchain Platform」を、IBMのクラウド上でPaaSとして提供する。同社の鶴田規久・執行役員インダストリー・ソリューション事業開発担当は、「いよいよ2017年はブロックチェーンが実証実験から実ビジネスでの本格展開に移行する動きが強まる」として、IBM Blockchain Platformにより国内のブロックチェーン市場の立ち上がりをけん引したい考えだ。同社は、エンタープライズIT市場におけるブロックチェーン活用の市場は、19年に300億円、20年には600億円程度になるとみており、「日本IBMとしては4分の1くらいのシェアを取っていきたいと考えている。そのための製品展開やエコシステム構築に力を入れていく」(鶴田執行役員)との方針を示している。

 米IBMはこれまで、グローバルで約400件のブロックチェーン活用プロジェクトに携わっており、うち10%が日本のプロジェクトだという。鶴田執行役員は、「なかには本番稼働を始めているものもある。もともと金融領域のプロジェクトが多かったが、流通、コミュニケーションなどの産業でもプロジェクトが立ち上がっており、現在は金融7割、その他3割というところだ」と状況を説明する。これらの多数のプロジェクトから得た知見を生かし、国内では、世界貿易、地方創生、公共サービスの3分野を中心に、IBM Blockchain Platformを活用した「業界横断的なインダストリー・プラットフォームの構築」に力を入れていく方針だ。

 この業界横断的なインダストリー・プラットフォームとは、「金融、製造、小売・物流、規制当局など、各業界の関係者が、改ざん不可能な情報を、許可された権限に応じて信頼性、拡張性のあるネットワーク上で照合・更新できるもの」(鶴田執行役員)であり、例えば世界貿易では、ペーパーレス化の促進やトレードプロセス可視化により、コスト、リードタイムを大幅に削減できる可能性があるという。また、地方創生については、地方銀行などのコンソーシアムが、地域通貨を視野に入れた金融サービス基盤をブロックチェーンを活用して構築することで、地方から新しい金融ビジネスモデルや金融サービスが登場し、地域経済の活性化につながる可能性もあるとみているようだ。さらに鶴田執行役員は、公共サービスの領域でも、「ブロックチェーンが行政手続き効率化を大きく促進するコアテクノロジーになり得る」と指摘している。世界貿易、地方創生については、すでに本番稼働に向けたプロジェクトが動き出しており、18年後半には、先進事例が出てくる見込みだ。事例づくりと並行して、世界貿易、地方創生、公共サービスのそれぞれの領域で、ブロックチェーンを活用したパッケージ型の汎用サービスの開発も進める。

愛徳会メンバーにも
ビジネスの門戸を開く

 
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朝海 孝
執行役員

 IBM Blockchain Platformの基盤技術としては、Linux Foundationのハイパーレジャー・プロジェクト傘下でIBMが開発を主導している「ハイパーレジャー・ファブリック」の最新バージョン(1.0)が採用されている。これは、ビットコインのように誰でもブロックチェーンネットワークに参加できるパブリック・ブロックチェーンではなく、許可されたノードのみがネットワークに参加できるパーミッションド・ブロックチェーンだ。日本IBMの朝海孝・執行役員サーバー・システム事業部長は、「(エンタープライズITにおける)ブロックチェーンの本格展開には、さまざまなユースケースに対応できる柔軟性と、十分なセキュリティ、処理性能が必要。ハイパーレジャー・ファブリックは、その意味でビジネス用途に最適な技術だと自負している」と話す。

 一方で、国産のブロックチェーン・スタートアップであるbitFlyerやテックビューロなども、エンタープライズ用途で独自のパーミッションド・ブロックチェーン技術を提供しており、大手金融機関との実証実験などが多数立ち上がっている。直近では、全国銀行協会が新たな決済・送金サービスや本人確認・取引時確認(KYC)、全銀システム、でんさいネットシステムなどへのブロックチェーン活用を検討しようとしているが、その実証実験環境を提供するパートナーベンダーに、bitFlyerが、NTTデータ、日立製作所、富士通と並んで選定された。bitFlyer以外の大手3社はいずれもハイパーレジャー・プロジェクトに参画しており、ハイパーレジャー・ファブリックとの関係も近い。これに対して、bitFlyerの加納裕三・代表取締役は、「当社のブロックチェーン技術であるmiyabiは、ハイパーレジャー・ファブリックより圧倒的に速いし、エンタープライズ用途では絶対にすぐれている」と自信を込める。今後、同社を含む国産のブロックチェーン・スタートアップ各社が、どんな戦略でどんなベンダーと協業し、大手ベンダーが揃うハイパーレジャー・ファブリックと渡り合っていくのかも、市場の行く末に大きな影響を与えそうだ。
 
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紫関昭光
ブロックチェーン・
クラウド・リーダー

 日本IBMは、IBM Blockchain Platformの拡販にあたって、大手・中堅上位SIerとの協業を深め、先進事例づくりを進めようとしている。さらにはハードビジネス中心の時代に強固な関係を築いてきた販売パートナー組織である愛徳会メンバーにも、ハイパーレジャー・ファブリックの教育を施し、普及のためのチャネルを広げようとしているという。紫関昭光・IBMクラウド事業本部IBMクラウドマイスター/エグゼクティブITスペシャリスト/ブロックチェーン・クラウド・リーダーは、「ファブリックの仕組みは複雑だが、中堅パートナーは、IBM Blockchain Platformを使うことで、ファブリックの中身に精通していなくてもブロックチェーンビジネスを手がけられる。ブロックチェーンをビジネスにどう活用するかというコンサルティングや、スマートコントラクトの開発、ブロックチェーンにアクセスするアプリの開発などは、ファブリックの中身とはあまり関係がない」と強調する。今後、ブロックチェーンが日本IBMのパートナーエコシステムの再構築にどのような影響を及ぼすのかも要注目だ。

データ分析の開発環境で“IBM色”を転換
ディストリビューションに他社製品を採用

 日本IBMとホートンワークスジャパンは9月5日、両社のグローバル戦略に沿って、データ・サイエンス・プラットフォームでの協業を国内でも展開すると発表した。IBMとしては、データ分析用総合開発環境のディストリビューションにホートンワークスの製品を採用し、これまでの“IBM色”を転換する大きな判断をしたといえる。
 
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日本IBM
三浦美穂
執行役員

 「お客様がHadoopでやりたいといったとき、IBMのディストリビューションでなければいけない理由はない」。データ・サイエンス・プラットフォームを取り巻く環境について、日本IBMの三浦美穂・執行役員IBMクラウドSW&アナリティクス事業部長は、こう指摘した。

 日本IBMは、データ分析用総合開発環境として、「Data Science Experience」(DSX)を提供している。構成するディストリビューションの大部分は自社で開発。一部に活用しているオープン・ソースにも独自の価値を付加する姿勢を崩さなかった。

 しかし、エンジニアの人手不足が業界全体で問題化し、開発効率の向上が急務に。ユーザーのオープン思考も進み、ディストリビューションを自社で開発し続けるよりも、「得意な会社に任せた方がいい」(三浦執行役員)との決断に至った。

 今回の協業では、DSXを構成するIBMのHadoop/Sparkディストリビューションを、ホートンワークスの「Hortonworks Data Platform」(HDP)に置き換えることが柱。ユーザーに対しては、HDPの上に「IBM Big SQL」を並べ、そのうえでDSXを活用してもらう形に設定した。DSXとBig SQL、HDPは両社から提供可能にし、メンテナンスやサポートの面で協力することなども盛り込まれた。

 IBMとホートンワークスは、ビッグデータテクノロジーの普及促進と標準化を推進する非営利団体「ODPi」の設立メンバーになっている。IBMがHDPを採用した背景には、以前からホートンワークスと関係が深いことに加え、同社の技術を高く評価したことがある。
 
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ホートンワークスジャパン
廣川裕司
社長

 ホートンワークスは、2011年の創業以来、急成長し、ソフトウェア企業として史上最速の4年で100万ドルの売り上げを達成。現在、「世界で一番イケている会社」(ホートンワークスジャパンの廣川裕司・執行役員社長)になった。

 Hadoopへの貢献度も著しく、開発者にあたるコミッターの数は、世界で最も多い全体の約30%を占有。その結果、日本IBMから「世の中で一番デファクトになっているHadoopベンダー」(三浦執行役員)と位置づけられるようになった。

 日本IBMと手を組むことについて、廣川社長は「日本のデータ分野で最大の協業」と胸を張り、「ユーザーはベストなデータプラットフォームを使って、ベストな結果が得られるはずだ」と呼びかけた。さらに、今回の協業によって「1+1を10にするような成果を出す」と強調し、「お互いにウィンウィンの関係を構築し、日本のデータ・ビジネスを世界トップレベルにもっていきたい」と意気込みを語った。