前回まで、介護IT化の現状と、ベンダー側/ユーザー側からのDXの動きを解説してきた。今回は、今後の進化と展開に焦点をあてたい。
最初に、介護DXの目的を、(1)介護利用者(ケアを受ける人やその家族)、(2)介護事業者、(3)介護事業者以外の法人、(4)国・自治体、それぞれの立場から整理した。一般的にDXは経営や事業の改革を目的とすることが多いが、介護の場合は「老後の安全・安心」や「人材・労働力」「財政」など幅広いテーマにつながっている。だからこそ国も手厚い推進策を行っている。
介護DXの目的
では、介護DXは今後、どう進んでいくのか。筆者は「人とテクノロジーの協働」「AI・データ活用」「在宅介護」の三つがキーワードと考えている。
「人とテクノロジーの協働」は介護DXの拡大のためには絶対に必要な要素だ。現状、介護現場では「直接介助は人が行い、間接介助や間接業務がIT化やDXの対象」といわれることが多い。しかし、介護業務時間の約70%は直接介助であり、生産性やケアレベルの大幅な向上のためには、直接介助にもテクノロジーの活用を広げなければならない。この分野では、人の仕事を単純に機器やITに置き換えるのではなく、人とテクロノジーそれぞれが得意な業務を分担・連携(=オペレーションの見直し)し、トータルでケアの質や生産性を向上させなければならない。
3大介助の一つである食事介助においても、例えば、「対象者が食事や飲み物を口に運ぶための補助を行なう機器やシステム」「食事中の姿勢・表情や咀嚼状況を認識し、誤嚥防止などのアラームや、適切な食事の支援行なうシステム」「摂取量を自動的に認識・記録するシステム」「食事中のコミュニケーションを円滑にし、食欲増進のための環境を支援するシステム」などが考えられる。これらは、経験の浅い介護職員でもベテランの介護職員と同等以上の介助を可能にし、より効率的で安全な介助を行なえる。
排泄介助でも、トリプル・ダブリュー・ジャパンが提供する「D Free」のような排尿予測の機器が提供されている。今後、小型化、非接触化、排便予測、低価格化などが進めば普及が拡大していくだろう。排泄支援機器は既に多数提供されているし、今後も進化していく。尿意や排便の知覚や職員への伝達を支援し、リハビリを支援するシステムなども今後開発されるだろう。
AI・データ活用では、画像解析と、ケア記録・バイタルデータの活用が注目される。画像解析では、「転倒・転落防止、見守り」「歩行・運動能力(ADL)の解析と改善(介入)提案」「ケア業務(行動)の解析・判定による介護記録取得」「食事中の姿勢・表情や咀嚼状況の認識による誤嚥防止などのアラームや適切な対応の支援」などが考えられる。画像解析はさまざまな業種や分野で適用範囲が広く、急速に技術が進歩しており、介護分野への適用が期待される。ただし、プライバシーの問題も大きく、法制度の整備や社会的同意の形成、プライバシーに配慮したシステムの開発なども課題となっている。
ケア記録・バイタルデータの活用では当面、「介護プラットフォーム」と呼ばれている、介護記録や見守りシステム、バイタルデータなどを統合管理するシステムの普及が進んでいくと思われる。従来、介護用のシステムや機器は、データが標準化や統合されないままに乱立しているのが実情で、それを統合して閲覧・管理できるだけでも大きな意味がある。
その上で、各種データを統合して対象者の状況をより適切に把握できるほか、介護記録やADLデータからケアプランの改善提案を行なえること、一人ひとりにあったパーソナライズされたケアをサポートできること、などの実現を期待したい。LIFEが国標準のデータベースであるため、介護プラットフォームはLIFEと連携し、拡張版・上位版として発展させるのが良いと考える。また、介護データをPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)として位置づけ、各社の介護プラットフォームの互換性を確保するための規約なども必要になるだろう。
在宅介護では、クラウドやIoTを活用した見守りサービスが広がっていくと考える。在宅介護は施設介護に比べてIT化が遅れており、介護記録の電子化やモバイル端末の活用が始まったばかり、というところが多い。国の「施設から在宅へ」の政策を進めるためにも、DXが求められている分野だ。
現在、小規模多機能型居宅介護などでは、在宅でも施設並みのサービス提供を目指しており、さらに定期巡回・随時対応型訪問介護看護などのサービスでは、24時間365日のケアを提供している。これらの制度を基盤に、利用者との間をネットワークで接続し、介護記録に加えて生活情報やADL、バイタルデータなどの共有や、本人・家族・関係者のコミュニケーション機能なども加えれば、日常的に生活や健康状態などの見守りが行えるようになる。公的介護にとどまらず、買い物やMaaSなど生活支援機能も提供されれば利用者の利便性は高まる。
クラウドサービスで安価で提供され簡単に導入できれば、利用のハードルは下がる。実は、このようなサービスとシステムは、中国の「家庭養老ベッド(家庭養老床位)」プロジェクトで既に進められ始めている。中国の真似をしろというわけではないが、介護を必要とする高齢者が自宅で生活でき、24時間365日の安全・安心・便利を受けられる制度とシステムは充実させていくべきだ。日本では、子供が地方に親を残して都会で働いていることが多い。テレワークが定着した今、家族による遠隔介護を支援する日本独自の制度なども検討できる。
高齢者向け住宅の運営を行っているクラーチの鮫島智啓・代表取締役が、こう述べている。「介護業界はDXが遅れているので人が集まらない。若い人は日頃からICTを使いこなし、バイト先でもDXを体験しているのに、介護はその魅力がない。DXでZ世代に魅力がある業界にしていく。ベテランは経験を教え、若い人はICTを教える。80才代・90才代の入居者でも人はチャレンジする。一緒にやらないか」。介護分野のIT化やDXが求められている今、介護事業者や介護機器・システムのベンダー向けコンサルティングを行っている立場として、今後も業務改革やDXの推進と継続的な改善を支援していきたいと考えている。
■執筆者プロフィール

仲川 啓(ナカガワ ケイ)
沖コンサルティングソリューションズ シニアマネージングコンサルタント
ITコーディネータ
大阪大学卒業後、OKI(沖電気工業)を経て沖コンサルティングソリューションズに勤務。介護を中心とするヘルスケア分野や自治体向け事業に長く携わり、現在は介護事業者向けコンサルティングや介護ロボットなどのメーカー向けコンサルティングに従事。ITコーディネータのほかに、スマート介護士Expertなどの資格も持つ。