これまでベンダーによる介護DXの代表的なサービスや製品を解説してきたが、今回はユーザーによる介護DXの動きや代表例を解説する。
介護分野のDXの特徴の一つとして、ユーザー側が業界標準化・モデル化を推進したり、自らが開発したサービスやシステムを他事業者に提供したり、介護DXを担う人材づくりを進めるなど、業界全体のDXを積極的に推進している点がある。従来、IT化やテクノロジーの活用が遅れていたこともあり、「このままでは介護業界全体が置いていかれる」という強い危機感を持った事業者などが積極的に活動しているのだ。代表例として、介護事業者の善光会とSOMPOケア、自治体の北九州市と大子町の取り組みを紹介する。
善光会は、「オペレーションの模範となる 業界の行く末を担う先導者になる」を理念としている。自ら介護ロボットやIT、各種テクノロジーを導入して効果を実証し広く発信しており、先進的な介護事業者として知られている。そこで、「業界全体のDX」という視点で、(1)スマート介護プラットフォーム「Smart Care Operating Platform(SCOP)」、(2)介護ロボットの開発や実証などを行う「サンタフェ総合研究所」、(3)介護DXを担う人材づくりの「スマート介護士」――を紹介する。
SCOPは善光会が開発した、モバイル機器を使って現場で介護記録を登録でき、複数のベンダーの多様な介護ロボットやバイタル機器、ITシステムなどの情報を集約し、情報を一元化できるプラットフォームだ。従来はバラバラだった介護ロボットやITシステムを統合でき、利便性向上、コスト削減につながる。操作性も良く、IT機器に慣れない介護職員も直観的に操作できる。2019年に日本で最初に開発された本格的な介護プラットフォームであり、これを契機に複数ベンダー・機器間の連携が進むようになった。善光会はSCOPを他の介護事業者にも販売している。
善光会のサンタフェ総合研究所は、介護ロボットやITシステム、介護用機器などの研究・評価などを行う。ベンダーからの提案や介護事業者のニーズに基づいて開発された機器・システムを、ユーザーの視点から年間100件以上を評価し、改良の提案や善光会での導入検討などを行っている。善光会の宮本隆史理事は「メーカーは高性能にしようとするあまり、機能リッチになりすぎてしまい、それがコストとして高くなるため、介護現場が導入しにくくなっている面もある。介護サービスのニーズをくみとり、マーケットインでのものづくりが求められている」と話す。
スマート介護士は、サンタフェ総合研究所が運営し、介護ロボットを活用して介護の質の向上と業務効率化を行う知識・スキルを得るための資格制度だ。介護事業者の管理職やリーダー層、ベンダーの開発者・販売員などが対象で、介護DXを担う人材を育成している。19年に始まり、資格取得者は3500人以上。筆者もこの資格を取得している。
SOMPOケアは、介護業界で売上高2位の大手介護事業者で、施設系サービス・在宅系サービスともに全国に拠点を展開している。IT化やテクノロジー導入にも積極的だが、「業界全体のDX」という視点で、(1)介護RDP(リアルデータプラットフォーム)、(2)ICT化支援――を紹介する。
介護RDPは、介護記録システムや介護ロボットなど業務毎に散在している同一人物のデータ約600項目を統合するプラットフォームだ。利用者中心に多方面の情報を閲覧可能にし、データに基づき体調管理やケアマネジメントなどについて、注意する点、変化に気づく点、変化の際にとる行動などをアラートとして表示する。さらに、将来の健康状態の悪化予測や有効な介入の提案なども行う。善光会のSCOPと同様、SOMPOケアもデータの統合と活用に力を入れている。これは、介護分野のデータ活用やAIに大きな可能性があることを示している。
SOMPOケアでは、自社介護事業で苦労したこと、効果があったことなどをノウハウにして他の介護事業者のIT化支援も行っている。Wi-Fiなどのネットワーク構築やPCなどの手配といった基本的なIT環境の構築から、業務システム導入や介護ロボット導入の支援など、幅広くメニュー化し提供している。介護RDPの環境や自社開発したアプリも22年度中に提供開始の予定だ。これにより、SOMPOケア以外の事業者もSOMPOケアの知見を活用したデータ解析を行うことが可能となり、予測や介入提案の精度がより高まっていく。
自治体では、北九州市の取り組みが「北九州モデル」として知られている。国や自治体では、IT化や介護ロボットに対して、補助金の給付、相談窓口の設置、機器開発の実証支援、ガイドラインの作成、介護テクノロジーを活用した場合の介護報酬の加算など、手厚い推進策を実施している。これらは主に「介護事業者が主体で、それを国や自治体が支援する」という形だが、さらに踏み込んで「自治体が主導し、介護事業者や関連者と一体となって推進する」という場合もあり、その代表例が北九州市だ。
北九州モデルは「Step1:業務仕分け」、「Step2:ICT・介護ロボットなどの導入」、「Step3:業務オペレーションの整理」という3段階のステップを踏んでいる。ステップごとのノウハウをパッケージ化している、業務時間を35%効率化するなど大きな成果を生み、その成果を、(1)介護サービスの質の向上、(2)職員の負担軽減、(3)生産性向上、につなげている。
北九州モデル
小規模な自治体でも積極的な取り組みが行われている。大子町は茨城県北部の山間地にあり、人口1.5万人で高齢化率は48%に達している。介護スタッフの年齢構成も60歳以上が29%、50歳以上で52%となっており、「高齢者が高齢者を介護する」という、まさに日本の将来の縮図だ。介護の人材不足が大きな問題になっており、介護DXによる生産性向上で解決を目指した「介護事業所等における生産性向上等のためのベンチャー企業等との連携事業」が21年度から開始された。
大子町「介護事業所等における生産性向上等のためのベンチャー企業等との連携事業」プロジェクト体制
見守りシステム、遠隔医療相談、勤怠管理システムなどが導入や試行されている。大子町福祉課の神長充氏は「課題もあり、導入がすぐ運用にはつながっていない。ベンダーやコンサルと相談しながら進めている。行政の意識も最初は「ITを入れる」だったが「ケアの質を上げる」「利用者に応じたケア」に方向転換した。介護事業者に何回も足を運んで信頼関係を作っている。「人」の問題が重要なので、介護人材のマッチングサービスの導入も検討している」と述べている。
■執筆者プロフィール
仲川 啓(ナカガワ ケイ)
沖コンサルティングソリューションズ シニアマネージングコンサルタント
ITコーディネータ
大阪大学卒業後、OKI(沖電気工業)を経て沖コンサルティングソリューションズに勤務。介護を中心とするヘルスケア分野や自治体向け事業に長く携わり、現在は介護事業者向けコンサルティングや介護ロボットなどのメーカー向けコンサルティングに従事。ITコーディネータのほかに、スマート介護士Expertなどの資格も持つ。