日本企業における経営者の多くがIT化の遅れを認識するきっかけとなった一つに、経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」に示された「2025年の崖」問題がある。日本ではIT人材の不足、変えることの困難なレガシーシステムの存在、パッケージ製品のサポート切れなどにより、25年以降に年間12兆円の損失が生じるという内容だ。時期や金額の妥当性はともかく、多くの企業において自社の現状を顧みた際に「思い当たる点」が多くあったことが、このレポートが衝撃をもって受け取られた理由である。
コロナ禍とデジタル化
日本企業にもようやくデジタル化に対する危機感が醸成されてきたタイミングで、コロナ禍が到来した。数十年あるいは百年に一度という「未曽有の危機」といわれる状況で、デジタル化の停滞が叫ばれた。コロナ禍と比較されるリーマンショックにおいては、IT投資は真っ先に凍結され、多くのIT企業の業績は低迷した。
結論からいうと、コロナ禍においてはほとんどの日本企業でIT投資が増加し、むしろデジタル化は大きく加速。コロナ禍において半ば「強制的に」リモートワークが実施されることにより、ネットワークなどのインフラや基幹業務システムが、企業経営の「必要不可欠な基盤」として再認識されることとなったのだ。リーマンショック時にはITが「不要不急」のものとして捉えられたが、コロナ禍では環境が大きく変わった。
経営者のデジタル化への意識改革
筆者は製造業をはじめとする経営者に会う機会が多くある。コロナ前までは、企業の経営者と話しても「自分はコンピューターのことは分からないから」「システムは全て下に任せているから」という発言が少なからずあったが、コロナ禍後はそのようなことを全く聞かなくなった。「システムの重要性を再認識した(IT化を進めていて良かった)」「コロナ禍だからこそデジタル化を加速させる(そうしないと生き残れない)」という声を多く聞いた。
経済産業省や調査会社などの調査によると、2020年以降もIT投資は増加傾向にあるとの見方が強い。実際、製造業向けSCMパッケージ(生産・原価管理)であるmcframe(エム・シー・フレーム)も売り上げを伸ばした(リーマンショック時には同製品は売上減)。
矢野経済研究所によるERP市場規模推移を見ても、増加している傾向が顕著に分かる。
ERPパッケージライセンス市場規模推移・予測
出典:矢野経済研究所「ERP市場動向に関する調査(2022年)」、2022年7月19日発表
これからのデジタル化のポイント
リモートワークなどにより、「経営基盤」としてのITが再認識されデジタル化が進んだ面はもちろんあるが、現在デジタル化が加速している背景には、もう少し別の「本質的な理由」があるといえる。
コロナ禍においては、さまざまな価値観が大きく変わったが、企業経営において大きく変わった点として、「コストパフォーマンス至上主義」からの脱却が挙げられる。これまではグローバル化の進行により、「どこで作るのが、一番コスパが良いか」という効率性のみが重視される傾向にあった。ところが、コロナ禍でサプライチェーンが分断されることにより、事業継続性を高めるための体制などが大きく見直されることになった。例えば、マスクがかなり長い期間において入手困難になっていたことなどは、未だ記憶に新しいところだ。
また、これまではレバレッジを効かせた経営が評価され、評価指標としてROEが重視されていたが、このような経営の脆さも露呈されることになった。
これまで経営において重視されてきた価値観や指標だけではなく、「柔軟性」と「強靭性」が企業経営において重要なキーワードとなった。昨今のグローバル情勢はそれをさらに推し進めることとなっている。この「柔軟性」「強靭性」を担保するデジタル化が必要になる。
■執筆者プロフィール

羽田雅一(ハネダ マサカズ)
MIJS(Made In Japan Software & Service Consortium) 理事長
ビジネスエンジニアリング 社長
1987年、エンジニアリング会社に入社、プログラマーやシステムエンジニアとして製造業向けのシステム開発に携わる。96年、SCMパッケージ「mcframe(エムシーフレーム)」を企画・開発し、同システムの営業・導入などに携わる。99年4月、ビジネスエンジニアリングが設立となり、同社に入社。20年4月、代表取締役社長に就任。著書に、「ものづくりデジタライゼーション」「グラス片手にデータベース設計~生産管理システム編~」(共著)などがある。