NISSYOは、東京都羽村市にあり「トランス」を製造、創業から20年で売り上げが10倍、ある意味で「ありえない町工場」として見学者が殺到する。久保寛一社長が率いるこの会社のデジタル活用術は実にユニークだ。そこで、NISSYOのDXの歩みを紹介する。
「ありえない町工場」NISSYOにおけるDXの歩み
(出典:NISSYO「DX戦略について」)
まず、従業員一人ひとりがタブレット端末を持ち、ペーパーレスで仕事をしている。現場にいくと、サーバーから呼び出した設計図をみながら各自が品質チェックをしている。検証の結果は、即座にグラフ化され大型モニターでリアルタイムの稼働状況や品質の状態が可視化されている。タブレット端末を活用することで、「精算・入力作業」「日報入力」「スケジュール管理」「残業の可視化」などを行い業務の効率化とペーパーレス化が実現している。
タブレット端末を導入する前は、この作業は全て紙で行われており、年間60万枚ものコピー用紙が消費されていた。デジタル化でコピー代やファイル代、事務作業が大きく削減できた。
DX前の状況
(出典:NISSYO「DX戦略について」)
ここまでだと、「ああ、タブレット端末によるコスト削減の事例ね」となるが、むしろNISSYOが新しいことにチャレンジするやり方に着目すべきだ。
タブレット端末55台を現場に導入したのは、2015年。久保社長によれば、「特に、こうやれ、こう使えということではなく、道具を渡して現場で使い方を工夫してもらった。配布は私がトップダウンで決定したが、さまざまなアプリは現場の声を踏まえて導入した」とのことだ。新しい刺激を与えて自らの変革を促す「Change or Die」が口癖の久保社長らしい戦略だ。
では、どのように現場の声を変革につなげるのか。従業員のやる気を吸い上げる「現玉大作戦」をご紹介したい。
月に1度、従業員から「業務改善提案」を募り、優れたものを「カイゼン賞」として表彰している。NISSYOの現玉大作戦は、改善提案を投票し、1位から5位まで報奨金が現金で与えられる。1位には100円玉70枚を社長が渡している。ずっしりする重みとわくわく感。人が夢中になるしかけである。
NISSYOにはこのほかにもたくさんの工夫があるが、どれも「目に見える」「分かりやすい」「公平」「人を大切にする」という特徴があるように思う。デジタル化の推進というと論理的でクールなイメージが強いが、NISSYOのデジタル化には、人を中心において人がいかに、能力を発揮できるか、楽しくなるか、が根本にある。
最新デジタル技術をいち早く現場に導入することで、人に刺激を与え、そこから使い方や工夫を自分たちで考える機会を作り、みんなで共有し、やってみる、そして結果を検証するという究極のPDCAを超高速に回し続け、発展し続けていることが分かる。それを意識的に実践し続け、すべての従業員の能力の底上げを図っているのである。
ありえない町工場の成功の秘訣は、「人とデジタルの共創にある」というわけだ。「学び続ければ、人生は無限」。久保社長からの貴重なメッセージである。
■執筆者プロフィール
中尾克代(ナカオ カツヨ)
アイティ経営研究所 代表 ITコーディネータ
熊本県庁、電子機器メーカーの品質保証部門を経て、2010年、アイティ経営研究所を創業。ITコーディネータ、ISO審査員として中小企業や農業者のIT導入やDX推進を伴走型で支援。「令和3年度ITコーディネータ協会表彰」で最優秀賞(経済産業省:商務情報政策局長賞)と優秀賞(IPA理事長賞)をW受賞。「明るく楽しく成果を上げる」がモットー。