大分県豊後大野市を本拠地とする農業資材販売会社のみらい蔵は、データを生かしたDX戦略によって、減り続ける農業者に対して肥料や農薬を売るビジネスモデルから、土壌診断施肥設計システムを主軸に土壌分析や営農指導などの全国展開を果たした。今回は、事業承継、新型コロナウイルスの影響、ロシアによるウクライナ侵攻の影響など、予想もしていなかった外部環境の変化に対して、みらい蔵がどのように変革を図ろうとしているのか、「発展期」「DX期」における活動を紹介したい。
中小企業のITを経営の力とするステップ
みらい蔵によるIT化は、「創業期」から「革新期」までの間に「ステップIII-1」の「顧客や取引先とのつながりまで含めたプロセスの最適化」の段階まで進展。発展期は、2019年から21年までの取り組みである。積極的なIT導入を推進して全社最適のIT活用まで進んできた後、19年に前社長から現社長に事業承継が行われた。新体制のスタートは、「ステップIII-2」に踏み出す時期と同じだ。
新型コロナの影響で緊急事態宣言が発出され、極端な外出制限が行われる中、みらい蔵も外回り営業が大きなダメージを受けた。幸いにも資材店舗への顧客数は極端に減少しなかったため、新社長が強化したのは店舗販売データの徹底的な検証であった。これまでも売れ筋データの分析は行ってきたが、店舗の商品回転率に着目して売れ筋商品の仕入れ予想の精度を向上させた。
工夫のポイントはこうだ。自社店舗の商品ごとに日々細かく売れ筋を分析し、卸商との単価交渉などを行った。この取り組みにより死筋商品が減少し、在庫額を3割削減することができた。
また、外回り営業が店舗販売に回り、外商により獲得した提案力を店舗従業員にも共有した。結果、外回り担当者と店舗担当者とのコミュニケーションが増し、販促ポップの充実により一人ひとりの提案力が向上したため、店舗における利益率が向上した。
一方で、財務データのリアルタイム把握を目指し、財務会計のクラウドサービスを導入した。これにより販売データと財務データが直結し、日々の売り上げ、利益率、在庫までがオンライン上で管理できるようになった。外出制限が続く中で、店舗と外商のみで販売してきた農業資材をオンライン販売する事業にも着手している。
DX期では、これまで培ったデータを活かした事業再構築へのチャレンジを開始。「ITを経営の力とするステップ」の「ステップIII-2」から「IV」への発展段階である。
やみくもにイノベーションを起こそうとしても難しいため、下記に示すデジタルガバナンス・コードの項目に従って、「DX認定制度の申請書」の作成を行い、DXのビジョンやビジネスモデルを可視化し公表することで、22年7月1日に国からDX認定を受けた。
デジタルガバナンス・コードとDX認定制度の申請項目との関係
(出典:経済産業省「DX認定制度 申請要項」)
国が示す「デジタルガバナンス・コード」は、企業がDXを推進するためのお手本である。つまり、「経営ビジョン・ビジネスモデル」を文書化・公表し、ビジョンを達成するためのDX戦略を可視化し、そのために必要な体制、システム環境の方策を規定する。そして、これらの活動目標を数値化すれば、継続的なDX推進体制が出来上がるのである。
みらい蔵は、経営理念は明確であったが、数年後のあるべき姿や目標値が文書化されていなかった。この機に強みの土壌診断施肥設計システム「ソイルマン」を生かしたコンサルティング事業を強化する戦略を明示した。推進体制として社長直下にデジタル推進部門を設置し、継続的に進捗確認を行うこととした。
DXは経営者の強いリーダーシップによる事業変革であることから、全社的な取り組みとすることが重要である。みらい蔵は09年から13年間、毎年7月に全社員や取引先、銀行などを集めて「経営方針発表会」を実施し、部門毎の売上高・利益目標、達成するための計画をステークホルダーと共有している。
今年度は、DX戦略を経営方針発表会で周知し、独自性を打ち出すための重要な取り組みとして、デジタル利活用の重要性の意識づけを行い、活発な意見交換が行われた。このような経営方針の全社展開のしくみが定着していることも強みといえる。
創業期から、転換期、変革期を経て、発展期、DX期まで、約20年の歳月が流れた。この取り組みは、データやデジタル化による企業変革は長期間を要するチャレンジの歴史であることが分かる。激しく外部環境が変化し先の予測が難しい中にあっては、せっかく立て計画であっても時に大胆に見直す勇気も必要である。
今、求められる経営者の在り方は、経営理念に基づいた会社のあるべき姿(ビジョン)をしっかりと文書化し、社内外に公表し、覚悟を持ってデジタル利活用を行い、事業変革を推進していくことだ。経営者が独りで自問自答していても光が見えないことが多い。支援者が経営者の良き話し相手となり、根気よく対話を繰り返す中で、道が開けていく。中小企業がDXによって躍進するために、伴走型支援の重要性が問われているのではないか。
■執筆者プロフィール

中尾克代(ナカオ カツヨ)
アイティ経営研究所 代表 ITコーディネータ
熊本県庁、電子機器メーカーの品質保証部門を経て、2010年、アイティ経営研究所を創業。ITコーディネータ、ISO審査員として中小企業や農業者のIT導入やDX推進を伴走型で支援。「令和3年度ITコーディネータ協会表彰」で最優秀賞(経済産業省:商務情報政策局長賞)と優秀賞(IPA理事長賞)をW受賞。「明るく楽しく成果を上げる」がモットー。