前回、熊本にオフィスを構える輸送会社のヒサノに対するDX推進に山あり谷ありのエピソードが存在すると述べた。始まりは2020年の春。ちょうど、新型コロナウイルスという脅威が世界中に蔓延し始め、いったいどうなってしまうのか、不安真っただ中の時期でもあった。
筆者は、社会人になってから進学した大学院を修了したばかり。張り切っていた矢先なのに、訪問支援が全くできない状態となった。八方ふさがりの中で筆者を救ったのは、オンライン会議ツールだ。
早速、同社の久保誠社長と久保尚子専務に、オンラインで7部門10人へのヒアリングを提案。社長と専務も交えて順番に1人2時間ほどかけてヒアリングして、現場の仕事のフローをつくっていった。最初は接続もおっかなびっくりだったのだが、ツールの共有機能を使えば、双方で確認しながら業務フローが描けることが楽しく、どんどんフローが出来上がった。コロナ禍の緊急事態の影響で、現場も比較的時間がとれたのも幸いした。
各部門の業務フローを丁寧に可視化していく中で、いくつかの気づきがあった。それは、(1)既存のシステムはあるが一部の機能しか使われていない、(2)過去のミスに起因して二重チェックがたくさんある、(3)受注情報の伝達や記録の方法が各部門によって違う、(4)配車(人と車、ルート決め)のノウハウが属人化している――という点だ。
この中で、最も大きな気づきは「配車のノウハウが属人化している」ことだった。このボトルネックを解消しなければ、同社の目指すDXは成り立たない、現状の業務フローを基に将来のあるべき姿を想定しながら、そう判断した。
聞けば、輸送会社にとっての「配車」は肝の部分、要となるノウハウであり、配車担当は容易に人に教えないのだそうだ。ヒサノの輸送は1車1ドライバーのルート配送と異なり、必要な力量を備えた複数人のチームでの配送を行うのでなおさらだ。
例えばグランドピアノは500キロもある重量物で、かつ精密機器だ。丁寧に運ばなければならない。運べる力量を備えるスタッフは多くはいない。限られた資源で、いかに効率的に仕事をこなすのかが配車担当に求められた。
幸いにも、同社の配車担当者はヒアリングにも快く参加してくれたが、どのように車と人を配分し、最適なルートを決めるのかというノウハウまでは分からない。ここが最大のボトルネックだったが、それをどう見える化するかは至難の業だ。
突破口は、「横便箋」という受注メモと「配車表」の記録にあった。注文を毎日受けている事務担当者から、最も複雑で特異な配車パターンの記録を提示してもらったのである。丁寧に「横便箋」と「配車表」を読み解くことで、あるパターンが見えてきた。車両マスタ、人員マスタを整理したことで、業務内容によって使用する車両、対応できる人員が決定することが判明したのである。
この配車プロセスは「横便箋システム」としてシステム化された。実際の配車では、人員の休暇や、ルート効率性を考慮に入れる必要があるため単純ではないが、日々の配車のナレッジが蓄積されることにより、全社の資源配分や配車の精度は向上した。
将来のあるべき姿(ビジョン)を可視化し、どうやって現状の業務を改善していくのか。デジタル技術をどう生かすのか。真剣な議論の中で、同社のDXの道のりは、「DX戦略書」としてとりまとめられ、ホームページで公表されている。2021年11月には、経済産業省のDX認定も取得したのだ。今後は、2022年7月稼働の新倉庫に導入する「倉庫管理システム」やリニューアルした「HPのコーポレートサイト」「基幹システム」などにたまったデータをBIツールなどで見える化し、分析して改善活動へつなげていく予定だ。
■執筆者プロフィール

中尾克代(ナカオ カツヨ)
アイティ経営研究所 代表 ITコーディネータ
熊本県庁、電子機器メーカーの品質保証部門を経て、2010年、アイティ経営研究所を創業。ITコーディネータ、ISO審査員として中小企業や農業者のIT導入やDX推進を伴走型で支援。「令和3年度ITコーディネータ協会表彰」で最優秀賞(経済産業省:商務情報政策局長賞)と優秀賞(IPA理事長賞)をW受賞。「明るく楽しく成果を上げる」がモットー。