北九州にUターンして、何度かラジオ番組に出演したことがある。一つは、福岡県全域で受信できるCROSS FMの番組で、北九州のベンチャー経営者などが順番に登場するものだ。筆者はUターン前と後の2回、電話出演して、意気込みなどを話した。もう一つは、北九州市小倉北区のコミュニティFMであるFM KITAQの「夢をかなえる研究所」という番組。これにはダブルゲストの時も含めて3回も出演したのだが、そこで出会ったのが、番組MCを務める夢をかなえる研究所の社長である白石裕子氏だ。
白石氏は人材紹介などのビジネスを手掛けられているが、もともとは小学校の先生で、北九州市の子ども・若者応援センターYELLの相談員を務めるなど、さまざまな活動をしている。筆者とは、地域のIT関連のコミュニティで知り合ったのだが、すぐに番組出演の声をかけてもらった。
生放送のスタジオに行って、その控室で初めてしっかりと話をした。そこで相談されたのが、IT人材の育成についてだ。
北九州のような地方ではIT人材の募集があってもなかなか集まらない。最近のDXブームで製造業のようなIT業界でない企業がIT人材を採用しようとしているが、そうした企業は社内でIT人材の育成ができないために経験者が求められる。しかし、経験者の転職希望者は地方ではなかなか出てこない。東京からのUターン人材などが望ましいが、そうすると給与水準や勤務体系が見合わない。
そこで、未経験者でもしっかりITスキルの教育を行い、できれば何らかのIT実務を経験してもらってから企業に紹介することができないか、ということだった。
IT人材だけは、別の給与・勤務体系を準備するといったことがすれば採用できるのかもしれない。経営者が決意すれば、できることだ。だが、「言うは易く行うは難し」。IT人材だけ別扱いで本当に良いのか。そうなると、たしかに未経験者を育成する必要性が見えてくる。
幸い、筆者にはプログラミング教育の経験がある。さまざまな研修の講師も務めているので教材作りも慣れている。システム開発現場での経験も長いし、自身で会社をやっているので、実務経験の機会を準備できる可能性もある。せっかくUターンしてきた北九州に寄与したいという想いもあって、何か一緒にできないかを考えることになった。
ゆめかなITスクールの講師陣
(左下が白石裕子社長、左上が筆者)
そして、2022年2月に立ち上がったのが「ゆめかなITスクール」だ。もともと、白石氏の会社では、ネットワークエンジニアの講師が企業人材への教育を行っていたので、それと合流した。筆者の会社(ビビンコ)もコンソーシアムの一社として参加し、筆者がプログラミングの講師を務めることになった。
生徒には社会人もいるが、先に挙げたYELLに相談に訪れていた若者もいる。入院がちの家族を世話する青年は、スクールでPythonプログラミングを学ぶ。授業に積極的に取り組んでくれていて、自分でWebアプリケーションを開発できるようになってきている。筆者の会社などでリモート作業を中心とした実務経験を積む機会を作りたいと考えている。
ゆめかなITスクールの授業風景
これからの時代、IT人材を必要とするのはIT企業だけではない。AIやIoTといった技術を活用してDXに取り組む企業では、特に内製化の機運が高まっている。DXでは顧客接点となるようなシステムが多いので、常に改善・改修が必要になる。AIでもシステムの実運用によって取得したデータでのモデルの継続的改善や、モデル精度の定期的な監視が必要だ。
IoTでは機器の不調による調査・交換はつきものだし、必要なデータを得るための最適なセンサーの設置場所を決めるためには試行錯誤が欠かせない。IoTで取得したデータを可視化と蓄積するだけでは真の効果は得られないので、データを用いた仮説検証などの分析作業も継続的に行わないといけない。
こうしたことを踏まえると、やはり社内にIT人材を擁する、もしくは社内の人材がITスキルを身につけて、自身の業務と関連付けたIT活用を日常的に考えられるようになることは、全ての業種の企業で必須になるのではないだろうか。
IT人材については、特に地方の中小企業には難しい課題なのかもしれない。解決策の一つとして始めたのが、ゆめかなITスクールというわけだが、その運営も始めてみると簡単なものではない。茨の道ではあるが、取り組みの方向性は間違っていない。一歩一歩、前に進めていきたい。
■執筆者プロフィール

井上研一(イノウエ ケンイチ)
ビビンコ 代表取締役 ITコーディネータ
プログラマ・SEとして20年以上の実務経験。AI関連では、コールセンターへのIBM Watsonの導入や、画像認識システムの開発に携わる。IoTハカリを用いたビジネスアイデアにより、「北九州でIoT」に2年連続採択。そのメンバーで、ビビンコを2018年に創業。