筆者はAIの研究者ではないし、AIの専門家といっていいかも分からないが、システム開発業務の一環として2016年ごろからAIに取り組んでいる。最初は、IBMのAIクラウドサービスであるWatsonをメーカーのコールセンターに導入した。クラウドサービスとしてのAIは学習済みのモデルが提供されていてユーザーはそれを使うだけというものもあるが、コールセンター業務では取り扱う製品などに特化した自然言語データでのモデル学習が必要となる。どのようなデータを与えればモデルの認識精度を高められるかという試行錯誤が必要だし、そもそもコールセンター業務のどこにどのようなAIを当てはめれば良いかも考えなければならない。
第3次AIブームが本格的にビジネスの世界で始まったのが15~16年だが、ちょうどそのころにAIを使う仕事に恵まれたのは良かった。いろいろな巡り合わせがあってWatsonやAIについての書籍を何冊か出すことができた。ITコーディネータになったのもそのころだが、AIをテーマにしたセミナーや研修の講師も務めるようになった。
ITC Conferenceに登壇する著者
講師活動はいまでも続いていて、ITコーディネータ協会主催のAI研修をはじめ、研修会社や公的支援機関での研修やセミナー、時には専門学校の授業を受け持つこともある。そこで行っていることは、受講者自身にAIに触れてもらうことだ。
時間や環境の制約さえなければ、筆者のAI研修には実習がつきものだ。IBMのWatsonをはじめ、GoogleやMicrosoft、Amazonといった大手が提供するクラウドサービスでは画像認識やチャットボット、予測といったAIのタスクがノーコードで使えるようになっている。無料使用枠があるサービスが多いので、それを使って、どんどんAIに触ってもらう。
画像認識であれば、何を分類させるモデルを作るかという題材を選び、トレーニングに使う画像データの準備が必要だが、それを全て受講者自身に行ってもらう(時間の都合で、題材とデータをこちらから提供することも多いが)。
例えば、Googleが提供するTeachable Machineを使えば画像認識のモデルは誰でもあっという間にできる。モデルができたら、また別の画像を準備してもらって実際に分類できるか試してみる。正しく認識できるかどうかは、選んだ題材と準備したデータ次第だ。その、「題材とデータ次第」というのがAIを理解する上では重要なのである。
Google Teachable Machine
筆者自身、いまではWatsonのようなクラウドサービスを使ったAIだけでなく、Pythonでさまざまなライブラリを組み合わせてモデルを作る仕事もしている。そういうモデルの作り方でも、モデルの精度はデータでかなりの部分が決まる。結局のところ、クラウドサービスでも、Pythonで少し深いところを触ってみてもほとんど変わらないようだ。
そうした実務での経験を踏まえて研修を組み立てているが、自分自身でモデルを作ってみて、上手く認識できた、できなかったという体験をすることが、AIを理解する最初の一歩として最良だ。特に自分で題材を決めてデータを集めてからモデル作成に取り組んだ人は、一段と一喜一憂の度合いが大きい。それだけ、肚落ちしてもらえるのではないかと思う。
モデルを作る体験はITエンジニアだけがやれば良いということではない。むしろ、AIに何かをさせようと考える経営者や現場の担当者、さらにそれを支援するITコーディネータなど、コンサルタントにこそ体験して欲しいと考えている。
今回のブームが始まってから6~7年が経過した。当初はAIに対する期待値が高すぎたり、逆に低すぎたりと両極端だったので、その期待値を調整するのがコンサルタントの役割の一つだったのではないか。そのため、研修では、いまAIでできることは何かと、落とし所をしっかり分かってもらうというのが目的だった。
いまは、AIについての知見は概ね広まってきて、期待値調整の役割は薄れてきている。AIに何ができるかが分かった後は、自分の会社で何に使うか、どうやって作るかである。モデル開発に絞れば、AIの民主化というかけ声の下に、データさえ与えれば半自動でモデルができるようなツールがそろってきている。
ただ、そのモデルが良好な精度を出すか、実際に役立つものになるかは、実際のところツールとは別の世界の話である。AIに適した題材を決め、データを集めるのは、決してITエンジニアやAIエンジニアではない。現場の担当者がやらないといけないことであり、そのことを経営者がしっかり理解していないといけない。もちろん、その支援者も同様である。
そうしたことは、やはり自分でAIを作ってみるという経験を通してこそ肚落ちする。今後もそうした思いで研修の場に臨みたい。
■執筆者プロフィール

井上研一(イノウエ ケンイチ)
ビビンコ 代表取締役 ITコーディネータ
プログラマ・SEとして20年以上の実務経験。AI関連では、コールセンターへのIBM Watsonの導入や、画像認識システムの開発に携わる。IoTハカリを用いたビジネスアイデアにより、「北九州でIoT」に2年連続採択。そのメンバーで、ビビンコを2018年に創業。