この連載のタイトルが「ITコーディネータが取り組むIoTとAI」ということで、筆者はITコーディネータ(ITC)である。ITCは2001年に始まった経済産業省推進資格で、「経営・業務・ITの融合による企業価値の最大化」を目指す 「IT経営」を実現する人材と定義されている。DXが叫ばれる昨今では、ITよりもデジタルの方が幅を利かせているが、20年以上前に定義されたIT経営の価値も変わっていないように思う。経営・業務とITの融合の度合いが増して一体化しつつあること、ツールとしてのITと違って経営環境そのものがデジタルになっているというのが、20年前との違いだろうか。
この連載でテーマにしてきたIoTとAIは現代ITの構成要素であり、ITCも積極的に取り組まなければならない。8年前の15年にITCになった筆者は、この連載で取り上げたようにさまざまなIoT・AIプロジェクトに携わり、ITC協会の主催研修でAIの講師を務めている。
研修では、IoT・AIはITの正常進化と説明している。ITの導入目的は自動化と効率化だが(デジタルの時代ではそれだけではないかもしれない)、できれば自動化の方が良く、何らかの理由でそれができなければ効率化にとどめるということになる。
業務フローの中で、例えば人間の目で見ないと分からない、実際に話を聞いてみないと判断できないといった業務があれば、それは自動化の対象外になる。代わりに、人間が入力しやすい画面を作って効率化を実現するかもしれない。それも無理なら、そもそもIT化の対象外になってしまう。ITCなどが既存業務を分析し、IT化を踏まえた業務改革を提言する際は、このような自動化・効率化・対象外の判別を行っているはずだ。
このパンの在庫が何個あるかはデジタルデータにない
IoTは「ITのラストワンマイル」という言葉を使って説明している。当たり前のことだが、ITシステムはコンピュータ上にデータがなければ何もできない。データがなければ、IT化の対象外だ。
以前、筆者が手掛けたIoTハカリの仕組みはインハウスベーカリーにおける店舗在庫数のデータがないという課題をIoTでデータ取得できるようにしたものだ。データがあれば自動化や効率化の検討ができるようになる。
いかにIT化が進んでいても、リアル世界の情報の多くはラストワンマイルで取り残されている。そこに手を差し伸べるのがIoTという理解である。
画像や自然言語を対象とした認識系のAIも、IoTと同じような働きをする。IoTがデータ化するのは数値として扱えるものに限られる。カメラで撮影した動画やマイクで録音した音声、紙の書類やSNSなどを経由して得た人間の書いた文章といったものは、そのままではITシステムで扱うのは難しい。やはりIT化の対象外だ。
もちろん、動画や音声をただ再生するだけ、文章をただ表示するだけなら問題ないのだが、IF-THENの条件分岐で使用するには数値や、短いキーワードになっていないといけない。そこで活躍するのが認識系のAIである。
例えばカメラで撮影した人の顔から個人を特定したり、人数をカウントしたりするといった画像認識AIは広く用いられている。チャットボットも、人間の発話から意図を分類する認識系AIが動いた後は、IF-THENでシナリオどおりの回答を返している。認識系AIの働きによって、自動化や効率化の範疇に入ってくるわけだ。
ちなみに、流行のChatGPTのような生成系AIが普及したとしても、回答を間違えられないような用途ではシナリオベースのチャットボットが残るだろう。それは、人間ですらコールセンターのオペレータがトークスクリプトを使っていることからも分かる。
IoT・AIを活用したITシステムの全体像
(本稿では左側の「ITが処理できるデータを増やす」を中心に説明)
IoT・AIは、ITとリアルのラストワンマイルを埋める役割を果たし、ITの適用範囲をリアルの世界に拡大していく。ゆえにITの正常進化であり、その文脈ではIT経営をさらに深化させる技術としてIoT・AIを捉えることができる。まずは、IT経営を進める中でしっかりIoT・AIに取り組んでいけば良い。
とはいえ、AIについては先に言及した生成系AIの進歩が凄まじく、認識系AIを遥かに超える影響を社会に与えるかもしれない。ITCとしての立場で技術の進歩を見つめ、実際の価値に変える取り組みを続けることが筆者の使命と肝に銘じている。
■執筆者プロフィール

井上研一(イノウエ ケンイチ)
ビビンコ 代表取締役 ITコーディネータ
プログラマ・SEとして20年以上の実務経験。AI関連では、コールセンターへのIBM Watsonの導入や、画像認識システムの開発に携わる。IoTハカリを用いたビジネスアイデアにより、「北九州でIoT」に2年連続採択。そのメンバーで、ビビンコを2018年に創業。