経済産業省のAI導入ガイドブックによれば、AI導入済みの中小企業は3%に過ぎないという。この調査は、2020年1月時点と少し古いのだが、いま、この割合が大幅に伸びたという実感はないだろう。また、同ガイドブックでは、プログラミングスキルを持つ人材は6割の企業に不在というデータも掲載されている。
一般的なシステムのプログラミングとAIでは、必要とされるスキルがまったく違うのではないかとの見方もあるが、実際にはそんなことはない。最先端のAIアルゴリズムの開発などとなれば、それは大学や企業の研究機関などで最高レベルのスキルを持ったエンジニアや研究者が取り組むものだが、AI導入ガイドブックに掲載されるようなものであれば、そこまでのスキルは求められない。多くは、大手クラウドベンダーが提供するAIサービスをAPI経由で使ったり、オープンソースのライブラリを使ってAIモデルを作ったりといった程度だ。
もちろん、プログラミングさえできれば、誰でも簡単に精度の高いAIモデルができるとはいわない。ただ、精度を大きく左右するのは、プログラマのAIスキルよりも準備したデータの善し悪しだったりする。また、AIモデルを一度作ればそれで完成ということはなく、使うアルゴリズムを変えて何度も作り直す必要があるし、時間が経ってデータがたまったり、データの内容が変わってきたりすれば、またAIモデルの作り直しが必要となることが多い。
プログラミングスキルを持つ人材が、APIやオープンソースライブラリの使い方を覚えるのは、それほど難しいことではない。筆者はさまざまなところでそうした使い方の研修を行っているが、3~6時間程度の研修で、「作り方はだいたい分かったので、あとは実際にやってみます!」と目を輝かせている人も多い。あとは、粘り強く取り組むのみだ。
そんなAI開発の実態を踏まえれば、これまでのITシステムのように外部ベンダーに請負契約でシステムを開発してもらうというようなことは、AIにはそぐわないことが分かる。できれば内製化したいのがAIなのだ。冒頭に挙げたAI導入ガイドブックが、プログラミングスキルを持つ人材が社内にいるかを取り上げているのは、その辺が理由ではないだろうか。
講師として登壇する著者
AIうんぬんの前に、いかにプログラミングスキルを持つ人材を増やすかが難しい。プログラミング教育に携わってから10年近くが経つのだが、教えることが簡単だと思うことはない。そもそも、自分自身が誰かに教わってプログラミングができるようになったわけではなく、独学でここまで来たので、上手く教えてもらった経験がないからかもしれない。
プログラミングは知識ではなく技能だといえる。本を読んだり、講師の話を聞いたりと知識を得ればプログラミングができるわけではなく、実際に手を動かしてソースコードを書き、動かしてみる必要がある。筆者は10代の頃、プログラミングの教科書を次々と買っていた。読んでは動かし、動かないとなったらまた読む。それで無理なら、また次の本である。
そうして1年くらいが経ったときに、突然プログラミングができるようになった。実際にプログラミングに取り組んだ時間の積み上げが必要なのだ。どれだけの時間をかければ良いのかは分からないし、人によって違う可能性もあるが、いずれにせよ時間をかけないといけない。
一度、分かれば、それまで分からないと投げ出していた本も分かる。新しい技術を学ぶ時も、習得スピードは速い。一度、この境地に到達して、継続的にプログラミングに触れていれば、その感覚が失われることはないし、AIもその新しい技術の一つに過ぎない。
こうした経験を、プログラミングの初学者には折に触れて説明するようにしている。結局のところ、初学者には時間の積み重ねが必要であり、講師は基本的なことを教えた後は、ひたすら待つだけなのかもしれない。
また、例えば1から10までを順に足し合わせていくプログラムを作るとする。そこで、「Pythonで書くと、こういうコードになる。このforが繰り返して・・・」という説明になるのだが、それで理解できる人と、そうでない人がいる。前者にプログラミングを教えるのは簡単だ。順にできることを増やしていってもらえれば良いだけだ。
しかし、後者の場合、プログラミングを始める一歩前のところにいる。もちろん、1から10までを足し合わせること自体はできる。しかし、それを変数や制御構造といったプログラミングができるレベルに落とし込むのが難しいようだ。日本語での疑似コードで説明したり、ホワイトボードに図を描いて説明したりしているが、まだ決定打にたどり着いていないのが実情だ。
こうした人を引き上げることができれば、プログラミングスキルを持つ人材を充分に増やすことができるだろう。そのために、どのような教え方をすれば良いのか。まだまだ模索が必要である。
■執筆者プロフィール

井上研一(イノウエ ケンイチ)
ビビンコ 代表取締役 ITコーディネータ
プログラマ・SEとして20年以上の実務経験。AI関連では、コールセンターへのIBM Watsonの導入や、画像認識システムの開発に携わる。IoTハカリを用いたビジネスアイデアにより、「北九州でIoT」に2年連続採択。そのメンバーで、ビビンコを2018年に創業。