筆者が触れてきた活動のほとんどは、ビビンコとして行っている。実は、もう一つの顔がある。デジタルヒューマンのCTOだ。同社は、ニュージーランド発のスタートアップであるUneeQのリアルアバター技術「デジタルヒューマン」の国内唯一のディストリビューターであり、AIを利用したデジタルヒューマンや関連する技術・サービスの研究から、開発・運用までを行っている。
バーチャルなキャラクターというと、日本ではアニメのようなものが多いが、デジタルヒューマンは実際の人間と同じような見た目をしている。発話に合わせたリップシンクや感情表現も可能だ。ただ、あくまでアバターなので、人間の問いかけを理解したり、何を話すかを考えたりする機能はない(正確にいえば、国内ではDH-Conversationという雑談にも対応できるチャットボットエンジンを提供している)。そのため、既存のシナリオベースのチャットボットエンジンや自然言語生成(NLG)技術を組み合わせて会話を行う。また、実在する人物の顔をデジタルヒューマン化することや、音声を好みのものに切り替えることもできる。
CTOとして、さまざまな研究・開発に携わる一方で、顧客企業への導入にも関与している。
例えば、あるメーカーでは、手始めにコールセンター見学者への案内業務をデジタルヒューマン化した。概要の説明や他のコールセンターとの違いを、笑顔でアピールしている。もちろん、質問にも答えることができるし、ちょっとした雑談もできる。
コールセンターの案内をするデジタルヒューマン
コールセンターで行っている社内業務でも、デジタルヒューマン化が進んでいる。現場のサービスマンからの納入設置の完了報告や、ネットワークの接続確認といったものを一部、置き換えた。既に200台を超える納入設置業務をデジタルヒューマンが対応しており、コールセンターへのコール数が減少している。その分、実際のユーザーからのコールに対応する時間を増やすことができる。
ただ、本命は実際のユーザーからのコールもデジタルヒューマンに対応させることだ。すべてを置き換えることは不可能だが、簡単なものであれば置き換えは可能だろう。このメーカーでも、そうした取り組みを進めている最中だ。
デジタルヒューマンのようなリアルアバター技術は、今後どのように活用されるだろうか。よく問われるのは、今までの文字ベースのチャットボットとは何が違うのか。そしてアニメキャラクターでは駄目なのか、である。
こうした問いへの明確な答えはまだない。ただ、ある調査では50%のユーザーが文字ベースでの会話に不満を持ち、65%が機械的で親しみにくいと感じているという。また、文字だけで伝えられる情報は僅かで、声のトーンや顔の表情といったエモーショナルなつながりの93%が欠落するということだ。
個人的には、会話する人間の感情に深く入り込むことができるのはリアルアバターではないかと期待している。文字ベースのチャットボットでは、事務的な対応はできても、人間側が心を開いて何でも話をするというところまでいけるのだろうか。日本の「りんな」や中国の「シャオアイス」のような例もあるので、文字だけではダメで、リアルアバターなら良いという単純な話ではないのだが、それでも、文字ベースよりもさらに一歩踏み込める可能性はあると思う。さらなる調査、研究を待ちたい。
実在の人物をクローン下デジタルヒューマン
国内ではアバターとしてアニメキャラクターが使われることが多い。アニメは日本の優れた文化であり、広く受け入れられている。そこで、敢えてリアルアバターを使う必要はないのではという意見もある。会話の内容次第で棲み分けていくのが正解かもしれない。あるコンサルティング会社が顧客企業の社員へのインタビューのためにデジタルヒューマンも用いる事例や、海外では経営者の顔をクローンしてその企業のリクルーターを務めるデジタルヒューマンが登場している。こうした事例を考えると、棲み分けのヒントが見えてくるのではないだろうか。
コミュニケーション分野でのAI活用では、多くのチャットボット導入が進んでいる。多くのチャットボットは、シナリオどおりの会話を文字ベースで進めるものが多く、技術的にはまだまだ序の口と言わざるを得ない。会話の内容を生み出す自然言語生成については、最近話題のChatGPTのように革新的な技術が出てきた。あとは「誰」がその内容を話し、人間と会話するかである。会話のインタフェースにもイノベーションが必要というわけだ。リアルアバターはその最右翼だと考えるのだが、どうだろうか。
■執筆者プロフィール

井上研一(イノウエ ケンイチ)
ビビンコ 代表取締役 ITコーディネータ
プログラマ・SEとして20年以上の実務経験。AI関連では、コールセンターへのIBM Watsonの導入や、画像認識システムの開発に携わる。IoTハカリを用いたビジネスアイデアにより、「北九州でIoT」に2年連続採択。そのメンバーで、ビビンコを2018年に創業。