エム・クレストの副社長兼エンジニアである小澤一裕です。情報システム部門に配属された新入社員やリスキリングで改めてICTに取り組もうという方々に向けて、知っていると便利なICTに関する情報をお届けしようと考えました。第1回は「電力の見える化と制御」というテーマで、工場などで電気料金を自動的に抑える仕組みについて紹介します。電力料金の値上げが話題になっている今、皆様の課題解決の参考になれば幸いです。
■見える化装置を導入したのに
とある方から、「付き合いのある食品製造会社(N社)が電気料金で困っているので相談に乗ってあげてほしい」という依頼がありました。生産時に空調機をフル稼働させないといけないため、夏場の使用電力量が非常に多いのだそうです。
法人の電気料金は、家庭向けの料金体系とは大きく異なっています。生産系の会社では、高圧電力での契約が多いです。この場合、「デマンド」といって直近12カ月間における最大利用量で契約電力(=基本料金)が決まります。N社もこれに該当していました。
N社では、電力使用量の見える化装置を導入していたのですが、電力制御の自動化はできておらず、使用量がデマンドに近づくと見える化装置から発せられるアラート音に気づいた従業員が手動で空調を止めていました。ピーク利用量が抑えられれば、電気料金はかなり節約できることになります。しかし従業員は忙しく、アラートが鳴ったらいつも止めるのは不可能でした。結果として、電気料金が下がるどころか、むしろデマンドを超えて上がっていました。
新しい装置を導入すれば何とでもなる話ですが、N社からは「初期コストが捻出できないので、今ある設備を活用して電気料金を削減してほしい」との要望がありました。この時点で「無理ですね」と言う会社が多いと思いますが、知恵と技術で何とかするのが私のモットーです。とりあえず見える化装置を見せてもらうことにしました。
■アラート音に着目
見える化装置は、時計の周りにLEDライトがあり、現在の使用電力が色で見られる仕組みになっていました。緑が正常で、黄色は注意、赤はしきい値超過です。この装置から何らかの情報を引き出せればと調べてみたのですが、出力端子らしきものは見当たりません。もう少し調べたところ、事務所内にもう一つ装置があって、そこからアラート音が鳴るようでした。これにも出力端子などはありません。設定画面があったので、メール通知など何かしらシステム的に取り出すすべがないか期待しましたが、そんな機能もありませんでした。
ただ、アラート音は鳴るので、「それなら音を拾って何らかの信号に変換できればいいのでは」と思いつき、音を信号に変換できる装置がないか調べたところ、一定のレベル(デシベル)を超えた音を検知したらDO(デジタル出力)が作動する音声検知機器を作っているメーカーがありました。これを使えば、なんとかなりそうだと考えました。
電力の見える化装置
■高価な専用システムを導入しなくても
問題は初期コストを捻出できないことでした。そこで過去2年分の電気料金の明細を見せてもらい、削減効果をシミュレーションしたところ、契約電力を数十キロワット抑えられれば、かなりのコスト削減ができることがわかりました。
弊社からは、節約できた料金から報酬を払ってもらう成功報酬型の契約をN社に提案しました。電気料金削減のプロではなく、本当にシミュレーション通り削減できるのか不安はありましたが、非常にチャレンジしがいのあるプロジェクトで、何よりこの提案をN社が快諾してくれたので、実現に向けて前進することになりました。
契約締結後、まずは音声検知機器で現場のアラート音がうまく拾えるかを試しました。というのも、アラートを発生する機械が、人の導線のすぐそばにある複合機の上に置かれていたため、雑音が多いことが気になっていたのです。実際、試してみると、複合機からの音や人の声も拾ってしまい、音声検知機器を置くだけだと誤動作するとわかりました。なんとかアラート音だけをうまく集音できないかを調べていたところ、「監視カメラ用集音マイク」という製品が見つかりました。
監視カメラ用集音マイク
壁に設置するようなイヤホンと、アナログ音声出力端子といった構成の単純な製品でしたが、アラートを発する機器のスピーカー部にイヤホン部分を近づければ、雑音はかなり抑えられるのではと予想しました。
価格が約3000円と手頃だったため、早速購入して試してみたところ、多少、余計な音は入りましたが、アラート音の検知レベルを調整することで、音声検知機器から無事に制御信号を出すことができました。空調の室外機にリレー信号を送れることも確認でき、自動制御が可能になりました。配線工事などをして、ハード面の準備は完了です。
システムの構成
続けて現場でテストしながら、運用のブラッシュアップをしました。工場内の空調に関しては、完全に止めてしまうと製品の品質への影響がありましたが、それ以上に工場内で働く従業員が熱中症で倒れてしまうかもしれないということで、工場内は空調の送風は止めず、室外機の制御のみをすることにしました。そのほか、休み時間や就業時間外の自動停止や、就業時間帯のサイクリック制御など、一般的な節電策も取り入れました。
結果として、基本料金を月額で30~40万円削減することができました。高価な専用システムを導入しなくても、世の中にある製品を組み合わせて課題を解決できることを示す例として紹介させていただきました。
■執筆者プロフィール

小澤一裕(コザワ カズヒロ)
エム・クレスト
取締役副社長兼エンジニア
インターネット黎明期の2001年にWeb系ベンチャー企業でプログラマーとして多くのシステム開発を手がけた後、日立グループにてシステムエンジニアとして大規模インフラ事業などに従事。放送とITの融合時代を先読みし放送系ベンチャー企業で開発、拡販に関わる。その後、ITの困りごとを解決する専門集団「エム・クレスト」の立上げに参画。