柔和な面差しで、大阪人に比べれば格段に美しい日本語を話す。しかし、外見と裏腹に、肝はよほど据わっている。営業はもちろん、会社勤めの経験もなかった人が、いきなりITビジネスの世界に飛び込んだ。たまたま、日本語講師を頼まれた韓国のeラーニングソフト大手の永山情報通信が、日本参入を計画していた。
柔和な面差しで、大阪人に比べれば格段に美しい日本語を話す。しかし、外見と裏腹に、肝はよほど据わっている。営業はもちろん、会社勤めの経験もなかった人が、いきなりITビジネスの世界に飛び込んだ。たまたま、日本語講師を頼まれた韓国のeラーニングソフト大手の永山情報通信が、日本参入を計画していた。
「入社の翌月には、東京の展示会に派遣されていました」と笑う。
日本市場への参入手法を巡り、上司と渉り合うこともあった。その一方、関西を中心に独力で顧客を獲得。事務所も思い切って東京から大阪に移した。「会社勤めの経験がないのが幸いでした。新しいことをやるのだから、苦労は仕方ないと思えました」と振り返る。
2003年1月に三洋電機と総代理店契約を結び、04年4月には永山・三洋の合弁会社としてJAPAKOコミュニケーションズがスタート、そのトップに就いた。社名は、JAPANとKOREAをつなぐ意味で、個人的に使っていたメールアドレスからとった。「私がやるならこの名前、というと両株主もOKしてくれました」と、まったく物怖じする素振りもない。
「韓国と異なり、日本では技術力だけでなくサービスも求められますが、eラーニングのターゲット領域は日本の方が大きそう」と期待するが、目標は数字ではない。「人のエナジーが大事。人が集まり、人に信頼され、そこから次の人に紹介してもらえるような会社にしたい。大阪生まれ、日本育ちで、世界に向かう会社です」と、夢も大きい。
プロフィール
宋 垠知
(ソン・ウンジ)済州島生まれ、ソウル育ち。1996年、慶煕大学大学院日本語学修士修了。大学在学中から韓国放送公社(KBS)などでテレビ・ラジオのレポーターを務める。大学院修了後はレポーターのほか、日本語学校講師や日本語の翻訳、日本語学習テキストの執筆などを手掛ける。01年、永山情報通信入社。日本市場参入のための実務および日本市場開拓のための営業を担当。04年、永山情報通信と同社の日本総代理店である三洋電機の合弁によるJAPAKOコミュニケーションズ設立と同時に代表取締役に就任。