積田英明は18歳のときに、父親と誓約書を交わした。現金100万円を受け取るかわりに、以後、一切の援助を受けないという内容だ。兄弟も全員、この「通過儀礼」を受けた。書面はいまでも「Evernote」上に保存してある。
多感だった14歳の頃、父に促されて単身米国を旅したことをきっかけとして、世界で活躍できる人間になりたいという思いが芽生えた。中学卒業後、1年間、東京のアメリカンスクールに通い、16歳で渡米。件の誓約書が父から突きつけられたのは、サンフランシスコの短大在籍中だった。「向こうのカリキュラムは、仕事と両立できるようなものじゃない。父とは取っ組み合いの喧嘩になった」と、積田は苦笑いしながら話す。結局、ラーメン屋で週40時間働きながら、学業もフルタイムでこなした。そして、倒れた。
シリコンバレーでコンピュータサイエンスを学び、身を立てるというビジョンはもっていた。学費を安く済ませるために、短大から大学に編入するというシナリオもできていた。だから、ここで挫折するわけにはいかなかった。腹をくくって、病床にいながら父に頭を下げて、大学卒業までの学費を借りた。「どこか甘えがあったことを見透かされていた。外国人は生活の基盤をつくるだけでもひと苦労。自由な米国といえど、現地の人の2倍以上働かないと対等なステージには上れないということを教えられた」。誓約書は、苦しいときに自分を励ますお守りになった。
シリコンバレーでのインターン経験で、B2Bの技術営業こそ自らの生きる道と定めた。キャリアの第一歩であるマイクロソフト(当時)では、日本の商慣習をたたき込まれた。失敗もしたが、必ず挽回してきた。こうした経験をすべて糧にして前に進む積田のパワーが、「Evernote Business」の拡販を引っ張っている。(文中敬称略)
プロフィール
積田 英明
積田 英明(つみた ひであき)
16歳で単身米国に渡り、大学卒業までをサンフランシスコ、シリコンバレーで過ごす。サンノゼ州立大学でコンピュータサイエンスを専攻。2007年、マイクロソフト(現日本マイクロソフト)に入社。同社のエンタープライズ向けクラウドサービスを導入している大手顧客企業の技術サポートを担当した。2012年にエバーノートに移籍。法人向けのクラウドサービス「Evernote Business」の立ち上げに携わり、世界同時リリースの実現に寄与。現在は、日本市場での「Evernote Business」の拡販に取り組んでいる。