下り坂を駆け抜けていく。道路の両側から途切れることなく聞こえる声援。人の顔が次々と流れていく。地面を蹴る。加速する。どんどん加速して、地球に吸い込まれていく。夢の舞台に吸い込まれていく。
箱根駅伝を目指して大学に進学。毎年候補になるも、出場機会に恵まれなかった。「速いだけじゃダメ。1年かけてピークを箱根にもっていく必要がある」と松尾龍太郎は調整の難しさを語る。チャンスが訪れたのは、4年生の時。任されたのは、6区。箱根駅伝の二日目となる復路で一番目、芦ノ湖から小田原までの「山下り」区間だ。芦ノ湖を15番目にスタートした松尾は、夢の舞台に立てた喜びをかみしめながら、前を走るランナーをひたすら追いかけた。
駅伝を始めたのは、中学3年生の途中。それまでは野球部に所属していた。長距離には自信があったが、走るのは嫌いだった。野球部の感覚では、ランニングはエラーをしたときなどの罰ゲーム。悪い思い出しかない。しかし、野球部の活動は夏で終了してしまう。その後は受験勉強となるが、勉強は走るよりもつらい。そこで大会が年末まで続く駅伝の道へ。全国大会で結果を残し、未来を切り拓いた。
箱根駅伝の結果は区間3位の快走だった。順位を二つ上げてチームに貢献したが、「下り坂が終わってからのラスト3キロで失速。下り坂のタイムはトップだったので、ちょっと悔しい」。もう少し踏ん張れば区間賞だった。
「駅伝は箱根が最高峰」との考えから、松尾は箱根駅伝を最後に走っていない。ただ、ビジネスの世界も襷をつなぐ組織戦。勝利を目指し、毎日奔走している。「クラウド市場は急速に伸びていて、なかでもトップ2社の勢いがすごい。引き離されないようにしたい」と謙虚に話すが、気持ちは追いつき追い越せだ。追いかけるときの強さは、箱根が知っている。(敬称略)
プロフィール
松尾龍太郎
(まつお りゅうたろう)
1985年、大分県生まれ。中学3年で駅伝を始め、大学4年の時に箱根駅伝出場。SI業界で10年間営業として活躍した後、2017年、ニフティ(現富士通クラウドテクノロジーズ)に入社。現在、営業部にてパブリック型クラウドサービス「ニフティクラウド」のパートナービジネスを担当している。