ITベンダーが収益を確保するうえで必要な「商材」の入れ替えを急ピッチで進めている。不況の真っ只中、ユーザー企業がITに求めているのは「コスト削減」に貢献することだ。この要求に応えるIT商材だけしか売れない時代に突入している。これまでは、緩やかながらIT投資は拡大基調にあり、ユーザー企業の生産性を高める商材に引き合いがあった。しかし、昨年後半からの世界経済の急減速で「増産から減産体制」へと流れは変容。ITベンダーは短期間で「いま売れる商材」へのシフトを迫られている。新年度に向けた体制再構築に追われるなか、不況下でも売れる商材とは何かを探る。
「SCM(サプライチェーン・マネジメント)はもう売れない。今はSCM(セーブ・カスタマーズマネー)だ」――。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の奥田陽一社長は、ユーザー企業の需要の変化をこう皮肉る。世界規模で生産物流の能力を高めるサプライチェーンではなく、流出するキャッシュを1円でも少なくすることがITに求められていると説く。増産体制時と減産体制下のSCMでは、その言葉の持つ意味合いが180度異なっているのだ。
開発系SIer I
中身変えてシンクラ化
アウトソーシングへシフト
金融危機に端を発した世界経済の減退は、IT業界にも深刻な影響を及ぼす。過去のトレンドを見ると、マクロな景気変動は半周(半年)遅れでIT業界に波及していた。ところが、今回は「ほぼリアルタイムに響いてきた」というのが、ITベンダー幹部の一致した見解。企業のIT投資が右肩上がりで伸びていた時期と同じビジネスモデルは、もはや通用しない。昨年夏からわずか半年でビジネス環境が激変したのだ。「不況型の商材」に切り替える時間的な猶予がほとんどないなかで、ITベンダー各社は舵を目一杯切り、ぎりぎりの線で軌道修正している。
不況に強い商材で筆頭に挙げられそうなのが、CTCの奥田社長が言うところのSCM(セーブ・カスタマーズマネー)だ。自動車や電機などグローバル展開する基幹産業は、世界不況の矢面に立たされた。今年度(09年3月期)に赤字転落の見通しを示す大手ユーザー企業も相次いでおり、まずはここに即効性のあるコスト削減策を提案することが急務。例えば、生産能力を高める大型ソフト開発プロジェクトの凍結や延期が目立つ一方で、アウトソーシングは堅調に推移する。ユーザー企業が自前でサーバーを管理するより、データセンター(DC)で一括管理したほうが運用コストを抑えられる事実がその裏づけとして挙げられる。
日立情報システムズの原巖社長は、「たとえ中身は同じでも見せ方を変えるラッピングから、まずは始める必要がある」と説く。パソコン1台売るにしても、その中身をサーバーに集約するシンクライアント化する。そうすれば運用コストは納入時点から下げられる。さらに、クライアント機器を収容するサーバーをアウトソーシングすれば、売り切るよりも中期的に見て粗利率の向上が図れるというわけだ。パソコンや業務ソフトが売りにくい状況下でも、コスト削減に即効性があることを前面に打ち出して「ラッピング」することで、受注の可能性を少しでも高められると期待する。
開発系SIer II
早期サービス化が奏功、いまが旬
SaaS・クラウドを打ち出せ
将来のサービス化、アウトソーシング化を見込んで投資を怠らなかったSIerは、「商材」の入れ替えも素早かった。新日鉄ソリューションズ(NS-SOL)は、DCのITリソースを月額定額で提供するクラウドコンピューティング型サービス「absonne(アブソンヌ)」を2007年10月にスタート。ただ、新しいコンセプトゆえに、受注に結びつきにくい状況が続いていた。
潮目が変わったのは、経済状況が悪化し始めた昨年後半からだ。昨年10月には介護・福祉事業者向け業務システム開発大手のワイズマンのASPサービスの基盤として「absonne」が採用されたと発表。続く12月にはガス機器メーカーの高木産業のLPガス事業者向けSaaS型の業務システムサービスを受注した。今年秋までに同システムの「absonne」基盤上への移行を完了させる予定である。
日立ソフトウェアエンジニアリングは、NS-SOL同様、業界に先駆けてSaaS・クラウド型の基盤サービス「SecureOnline(セキュアオンライン)」を開始。昨年11月には、同サービスに将来性を見出した日立製作所本体が、自身のPaaS型インフラサービスとして採用した。この先は日立の販売チャネルを通じた拡販も期待できる。
開発系SIer III
公共と医療分野は底堅い
海外進出も一つの手
不況体制への適応は、ターゲットとする業種や地域にも及んでいる。金融危機の震源地に近い証券業界や、マイナス影響が大きい輸出型の製造業は、まとまったIT投資はしにくい。その一方で、景気の底上げに向けた公共投資が増えることが期待されることから、公共や医療分野は有望視される。とくに医療は景況感に関係なく必要とされる分野だ。
生え抜きの銀行マン出身で、前みずほ銀行常務の富士ソフト・白石晴久社長は、今回の金融危機の根の深さを直感で感じ取ったうちの一人だ。2008年6月の社長就任後の一連の改革のなかで公共と医療への注力を明確に打ち出す。民間からの受注比率の大きい富士ソフト全体の業績を支えるまでには至らないものの、「公共、医療分野でいくつかまとまった受注が得られつつある」(白石社長)と、手応えを感じている。
金融でも、証券分野を除けば期待できる。投資余力の大きいメガバンクや生損保は、「比較的大きな案件も見込める」(東芝ソリューションの梶川茂司社長)と予測。保険業界は大型再編に伴うIT需要も見込める。証券業界の仕事が多く、多大なマイナス影響を受けた野村総合研究所(NRI)でさえ、「来年度(10年3月期)は増収増益を念頭に置く」(藤沼彰久会長兼社長)と、銀行やその他一般産業など、NRIがこれまで十分にシ海外進出も一つの手ェアを獲れていなかった業種業態にも積極的に進出することでビジネスを伸ばせると強気だ。
業界最大手のNTTデータは、ドイツの有力SIerを相次いで買収するなど、海外進出に力を入れる。NRIも中国や北米への進出に取り組んでおり、業種業態だけでなく、地域的な側面でのリスク分散を本格化させている。
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