J-SaaSの普及・販売戦略はいかに
中小企業の利用に向けて準備着々
アプリを一斉提供するインフラと体制は整った。今後の重点施策はその普及・啓蒙施策になる。経産省は中小企業にどのように告知して利用を促し、参加するISVはいかなる販売戦略を練っているのか。
経産省の普及・啓蒙施策
「大胆な発想でPRする」 経産省は、SaaS基盤の整備やアプリの確保といったインフラ・体制の整備と同等のレベルで普及・啓蒙活動を重視している。「最大のポイントはどう広めるか」(安田課長補佐)である。IT投資に関心が薄い中小企業に利用を促すのは難しく、経産省も経験からそのことを熟知しているからだ。各アプリの販売手法は、それぞれのISVに委ねるが、普及・啓蒙施策は経産省自らが手がけており、幹事会社である新社会システム総合研究所がすでに進めている。その内容とは──。
まず最大の施策は、「J-SaaS普及指導員」と呼ばれる専門スタッフの組織化だ。この指導員は、J-SaaSを全国の中小企業に提案する役割を担う。ITコーディネータや各地域のIT業界団体加盟企業担当者、商工会/商工会議所、税理士などで構成されている。財務省管轄の日本税理士会からも協力を得ている。その人員はざっと600人、わずか1週間で集めた。現在、各指導員が補助金を使って全国の中小企業に向けてセミナーを開催、J-SaaSのメリットや使い方を講義している。3月末までに約3万人がこのセミナーを受講する予定だ。「ここまで短期間で3万人を対象にセミナーを開催するのは極めて異例で、国家プロジェクトとしても初めてだろう」と新社会システム総合研究所の勝瀬典雄氏は言う。
「J-SaaS普及指導員」は今後も増員する予定で、経産省は全国のITコーディネータや東京商工会/商工会議所、各地域の中小企業団体、税理士などにJ-SaaSの利用提案を呼びかけている。
勝瀬氏は「こんな場所で告知活動をするのか、と思われるくらい、大胆な発想で広く中小企業にアピールする」と説明する。今後は、大学機関や非IT系の民間企業を「J-SaaSパートナーズ」という形で組織し、社会貢献活動の一環としてJ-SaaSを広めてもらう活動も手がけるつもりだ。すでに損保会社などが手をあげているという(図3参照)。
経産省はJ-SaaSの来年度予算を17億円程度を確保しており、その半分程度は普及・啓蒙活動に費やすとみられる。前例なきシステムを前例なき大規模な普及・啓蒙施策で広げようとしている。
ISV OBCの戦略
サポート体制の充実を意識 J-SaaSに参加するISVの1社、オービックビジネスコンサルタント(OBC)は、第一弾のISVのなかで最大となる3種類のアプリを提供する。OBCの強みは、年商50億円未満の中小企業だが、「従業員20人以下の企業向けへのアプローチは手薄だった」(日野和麻呂開発本部部長)。そこで、J-SaaSプロジェクトに参加し、これまで開拓が遅れた中小・零細企業に入り込もうというわけだ。
OBCの基本販売戦略は、「ASOS制度」と呼ばれる既存パートナー制度を核とするものだ。この制度は、会計士や税理士事務所を中心に組織したもので、全国に300社以上が点在する。これらのパートナーをJ-SaaSでも有効活用し、会計士や税理士が顧問先に対して自社のJ-SaaSアプリを提案・販売してもらう仕組みを基本に据えている。
新しいのは、「OBC J-SaaSサポーター制」という仕組みを用意したことだ。この制度では、アプリの操作など技術的支援が必要なユーザー企業にサポートビジネスを手がける企業を組織化する。ITに不慣れな中小ユーザー企業だからこそ、こうしたサポートは欠かせず、ビジネスチャンスにもつながると読む。 OBCはこの点に着目し、販社のビジネスチャンスを創出しながら、ユーザーの利便性向上を追求し、他社との差別化を図る。
ITコーディネータにJ-SaaSの評価を聞く
IT経営の提案・普及で重要な役割 中小企業、特に小規模事業者にとって、J-SaaSの利用はIT経営を導入するのに有効な手段だと思う。今回の経産省やITベンダーの動きは、ITコーディネータ(ITC)にとっても重要なビジネスチャンスと捉えている。中小企業へ積極的に提案するつもりだ。
J-SaaSがもらたすITCのビジネスチャンスとは、ユーザー企業にどのサービスが適しているのかを助言するなどコンサルティングビジネスができることを指す。また、インターネット環境の整備から契約、初期設定、導入教育など、ISVや大手ITベンダーでは提供できない現地のサポートも、ITCのビジネスに寄与すると考える。税理士との連携なども新たなビジネスを生みそうだ。
J-SaaSの魅力は、導入費用が少額で済み、IT人材がいなくても容易に利用できる点にある。企業への告知活動をすでに進めており、「電気やガス、水道のようなインフラと同様」と説明している。
ただ、改善してもらいたい点もある。もっと幅広いサービスを揃えてほしい。現在は財務会計や経理系のアプリが多いが、顧客管理や売上管理、販促サポートなどの営業部門管理の充実が必須だと考えている。また、個人事業主用、小規模企業用、中規模企業用と中小企業をさらに細分化したサービスメニューを提供してほしい。サービスラインアップがもう少し揃ってからが本格展開の時期と捉えているが、いずれにしても今からユーザーに提案しても決して早すぎるということはないと思う。(談)
9万社の中小企業を獲得したISV
ビジネスオンラインの独自戦略
SaaS事業最大の課題はその売り方、とくに再販事業者を活用した間接販売にある。ただ、SaaS型サービスの間接販売網構築にはどのベンダーも苦労しているだろう。その課題を解決し、全国の中小企業をユーザーとして獲得したITベンダーの例がある。J-SaaSにもアプリを提供しているISVのビジネスオンライン(BOL)だ。そのユーザー企業数は、約9万社にものぼる。膨大な数のユーザー数を10年弱で獲得したBOL独特の販売戦略をみる。
BOLは、2000年の設立当時からASP・SaaS型で会計ソフトを販売するモデルに事業を特化してきた。同年11月に会計ソフトのASP型サービス「ネットde会計」を発表、メインターゲットを中小企業に定め販売戦略を練っていた。創業者であり、現在もトップを務める藤井博之代表取締役が、販売面でアライアンスを組もうと最初に考えたのは、税理士だった。
中小企業を顧問先として抱える税理士に「ネットde会計」を提案してもらえば、一気にユーザーを獲得できると目論んだわけだ。だが、その戦略はもろくも崩れる。すでに使い慣れている税理士の会計ソフトから「ネットde会計」に乗り換えさせるのは容易ではないばかりか、FAXなどを使って仕事をこなす税理士も多く、その壁を打ち破ることができなかった。BOLの経営状況は悪化し、一時は事業売却も考えたほどだ。
そうこうするうちに、藤井代表取締役は商工会に着目するに至った。当時、全国の商工会は会員企業の決算書や申告書作成を代行しており、国から補助金をもらってその専用システムを開発していた。ただ、それではシステムの運用コストや改変コストがかかる。そもそも、記帳代行は、商工会のメイン業務ではない。BOLのASP型サービスを使うことで、コスト負担と記帳代行の手間を削減できることを藤井代表取締役は提案。当時、ASP型サービスを提案するITベンダーが皆無だったことで、商工会を束ねる団体「全国商工会連合会」の標準サービスに採用が決まった。これで、全国に点在する商工会が会員企業にBOLのASP型サービスを提案・販売するモデルが完成。BOLは、商工会が受注・成約すれば一定の料率で報酬を支払う仕組みを用意した。「ネットde会計」を商工会のニーズに合わせてカスタマイズした「ネットde記帳」は、飛ぶように売れていくことになる。
藤井代表取締役は言う。「中小企業のIT化を進めるうえでは、ある程度国や団体の協力が必須」。商工会という全国の中小企業を会員として組織している団体を味方につける独特の販売戦略で、SaaSの再販モデル構築という難関を打ち破ったわけだ。
サイバーソリューションズの再販モデル
ユニークな売り方でSaaS市場進出 パッケージソフト開発・販売のサイバーソリューションズ(秋田健太郎社長)は今年1月、SaaS型サービス事業に参入した。これまでパッケージとして販売してきたメールサーバーシステム「CyberMail」をSaaS型サービスに改良、「CYBERMAIL Σ」として発売した。充実した機能に加え、1ユーザー月額500円という価格競争力が武器だが、ユニークなのは、その機能というよりも売り方。販売チャネルの一つとして企業内個人に着眼したのだ。
「CYBERMAIL Σ」では、「パッケージビジネスとは事業モデルがまったく違う」という秋田社長の考えから、従来の販社とは異なるITベンダーをパートナーとして組織化することを決断。SaaS型サービス用の新たなビジネスパートナー制度を作った。その制度では、OEMやリセラーなど一般的な再販モデルに加え、企業内個人向けメニューを用意した。
これは、企業で働くビジネスマンのメイン業務とは別に、“副業的に”同サービスを提案・販売する人を組織化するものだ。企業では、従業員の副業を禁止しているケースが大半。販売報酬をお金で支払えば、その従業員が勤める企業でトラブルが発生しかねない。そこで、同社のパートナー制度では、販売した月額サービス料金の5%を“ポイント”として付与。そのポイントはサイバーソリューションが提携する企業のサービスで、旅行券や商品券などに還元できる仕組みを用意した。SaaS型サービスであれば、販売した後のサポートを自ら手がける必要もなく、システム構築も必要ない。手離れがよいからこそ考えられる再販モデルだろう。
秋田社長は、「この再販形態がどれほど受け入れられるかは未知数。主流にはならないだろう。ただ、SaaS型サービスはパッケージ事業とはまったく違う発想で売り方を考えなければならない。家電量販店や携帯電話の販売店などで取り扱ってもらう可能性もある」と説明する。型にとらわれない売り方でSaaS市場に挑む考えだ。