授業参観
学芸大付属世田谷小のケース
大熊雅士教諭
授業単元
「時間と時こく」 先進的にデジタル教育を推進する学芸大学付属世田谷小学校(東京・世田谷区)の大熊雅士教諭が実践した3年生の授業を参観した。同教諭は、都内複数の教育委員会で、1台50万円ほどするパソコンなどコンピュータ利用が始まった当時から指導主事として活躍。対話型電子表示装置(電子白板)や無線LANの学習活用では、先駆的な取り組みをしてきた。
「分かった」を実感できる授業とは 6月中旬。昼休み時間中に世田谷小学校第3学年(児童37人)のクラスを訪問した。始業10分前、大熊教諭はパソコンをセットし、プロジェクタとスクリーンを準備。周りでは休憩時間を楽しむ児童が飛び回る。午後1時45分、授業開始のチャイムが鳴り、児童は三々五々着席した。デジタル機器を扱う授業を普通教室で行うには、機器接続などに手間取って時間を要する。周囲に児童がいれば配線などが邪魔。そこで同教諭は「電子教卓」(写真)という独自のファシリティをベンダーに委託して開発。すぐに授業を開始できる環境を整えた。
当日の授業の単元名は「時間と時こく」。チエルのフラッシュ型教材「フラッシュ算数」を活用した。
授業が始まり、大熊教諭が質問する。「いまは何時何分ですか?」。これに対し児童は一斉に「1時45分」と回答。次に「では、何分間休みましたか?」と尋ね、「30分間」と児童が答える。ここから応用に移る。フラッシュ教材で時刻を動かしながら、「30分間とは何ですか?」。児童からは「10分が3個」「1分が30個」──などの声が発せられる。ここまでは、児童がすでに理解している範囲内であり、瞬時に手が挙がり、答えが返ってくる。
大熊教諭が切り出す。「みんなは『分』とか『間』とか言いましたが、その違いは?」と問題提起する。次々と意見がグループから寄せられるが、正解は出ない。そこで、大熊教諭はフラッシュ教材を動かしつつ、「いまは何時何分ですか?」「ここからここまでは何分間ですか?」と繰り返し質問する。すると、徐々に児童から「分かった」の声があがる。最終的には「分は時刻を表し、間は時間を表す」と正解が導き出された。
大人からみると単純な授業に思えるが、「分かった」瞬間を全員が享受するのは実は難しい。以前は、アナログ時計の模型を使って先生が針を動かしたり、黒板に時計を板書して教えるスタイルだった。しかし、これだと板書する時間や針を動かす時間が無駄。児童の反応を見る余裕もない。フラッシュ教材は、1分、5分、10分などパソコン操作でパッパッと瞬時に針を動かすことができ、児童の関心をそらさない効果がある。
学び続けられる教材が必要 大熊教諭は「児童の『分かった』を導くには効果的な教材提示が重要。今回使用したチエルのフラッシュ教材は、児童の考える時間を確保でき、その反応を見る先生の時間も生み出せる」と評価する。そして、「『教える側』に配慮したデジタル教材が意外に少ない」とも言う。また、「疑問を持ち、自立解決し、学び続ける子供を育てることが求められている」(大熊教諭)ものの、市販ソフトウェアは「習得」することに重点を置いたデジタル教材ばかりだ、と嘆く。
今回の整備事業では、パソコンなどインフラ整備が優先されている。次の段階では、「教える側」が指導面で課題としていることを理解したソフト面の充実が求められる。
interview
文部科学省生涯学習政策局
中沢淳一 参事官付企画官 まずは未整備分のICTインフラ
次に学習活用の措置を ――デジタル教育環境は、自治体によって整備率に温度差がある。
中沢 当初は学校のコンピュータ教室などデジタル教育環境を「補助金」(二分の一補助)で整備してきた。そのあとは「地方交付税」で措置し、普通教室にもパソコンなどの導入を目指したが、自治体によってはなかなか予算が計上されてこなかったのは事実だ。
――今回の整備事業では、校務用パソコンや校内LANのインフラ整備も盛り込まれた。
中沢 先生の校務用コンピュータは、自治体の部局と比較すれば、十分に整備されてこなかった。このため2006年の「IT新改革戦略」にこの項目が盛り込まれ、交付税措置で整備が始まった。同戦略では、超高速のインターネット(30Mbps)の整備も盛り込まれている。しかし、こうした政府方針にもかかわらずインフラ整備が遅れたので、とにかく「インフラ整備」をしたのが「学校ICT環境整備事業」だ。
――学校でICTは、まだまだ活用途上にあるとみているが。
中沢 ICT活用に関しては、「研究指定校」など限定的で先端的な取り組みを行う学校だけだった。まだまだインフラが未整備であるため、活用のすそ野が広がってこなかった。
――ICTを活用すると学力が上がるという文科省の調査などがあるにもかかわらず、なぜ整備が進まなかったのか。
中沢 06~07年度に、理解、関心、意欲の違いを調べたところ、実際に学力向上に効果があることが分かった。この調査を実施した理由は、交付税での優先順位を上げるためだ。
――その効果のほどはどうか。
中沢 自治体で予算を組むのは教育委員会だが、最終決定するのは財政部局になる。「ICTで学力が上がる」という効果測定を示したことで、ICT導入に説得力を与えることができた。
――今回の臨時措置は、一過性か。
中沢 今後の整備は、同戦略に目標が掲げられている。「IT戦略本部」で次の戦略案が出ている。整備されたICTを先生がどう使うかということが問われてくるが、そうした学習指導環境の取り組みに関する項目もある。新学習指導要領は、今年4月から先行実施が始まっている。同要領のなかにICT活用が盛り込まれた。これを教科別にブレークダウンしたものとして「教育の情報化に関する手引き」を作成したので、これを参考に学校、教育委員会、システム提供側も整備を進めてほしい。
――欧米の学校では、普通教室に1人1台という環境が整う例もある。
中沢 将来的には、特定のコンピュータ教室にパソコンがあるだけでなく、普通教室で1人が1台を使って学習できるようにしたい。移動できるノートパソコンをコンピュータ教室と別に人数分の台数を別途整備(小・中学校であれば40台程度)し、校内LANにつないで普通教室で学習できるようにすることも考えられるだろう。