ビジネスの流れ掴む伸縮に耐えうるITへ
リーマン・ショックから1年、世界のトップベンダーは経済危機後の新しいITビジネスの流れを掴みつつある。アクセンチュアはエラスティックをキーワードに、伸縮を繰り返す経済に対応可能なITシステムを目指し、シトリックスは未開拓のデスクトップ仮想化に活路を見出す。振り返って国内ベンダーはどうなのか。全国ベンダーと地方ベンダーの両方の視点を織り交ぜて現状を探った。大打撃を受けた製造業 この1年、主要顧客の属する業種によってビジネスへの影響は大きく変わった。リーマンブラザースの経営破たんによる世界不況の影響をまず最初に受けた業界は金融業。だが、次いでダメージを早々に受けたのは製造業だった。IT業界もその流れを受け、製造業を顧客にするITベンダーは昨冬から一気にビジネスが苦しくなった。
製造業向けITビジネスの一つ、家電や自動車などへの組み込みソフト開発事業はビジネス環境が悪化した代表例だ。
組み込みソフト開発を得意分野とする富士通系ソフト開発・SI会社の富士通ビー・エス・シー(富士通BSC)は昨年度(2009年3月期)の組み込みソフト開発事業部門の売上高が前年度比で18.5ポイントも減少した。今年度第1四半期では状況はさらに悪化し、前年同期比で27.3ポイントも落ち込んでいる。携帯電話、情報家電、自動車、鉄道インフラの4分野すべてが苦しく、おしなべてマイナス成長に転じている。同社の兼子孝夫社長は、「リーマン・ショックの影響による製造業の業績不振をもろに受けた」と説明。今後も売上高の拡大はしばらく見込めないとの見通しを示す。
SIerの岡山情報処理センターの森俊之社長は、「リーマン・ショックで、今のところ案件がほとんど止まったまま」と嘆き、山口県のSIerの常盤商会では、「リーマン・ショックの不況がいつ底を打つかは正直、分からない」(植村育夫代表取締役)と、渋い表情だ。
手をこまねいているだけではない。例えば富士通BSCは今年6月に、ニコンシステムとの合弁会社を設立。ニコン製デジタルカメラ向けファームウェアを開発する新会社で、ニコンのファームウェア開発を一手に担う。「今回の新会社がうまくいけば、カメラメーカー以外ともこうした形で協業する可能性はある」(兼子社長)と期待を寄せる。不況で売上高を伸ばすのは難しい状況であり、開発コストの安い中国での開発比率の拡大や、メーカーとの共同出資会社設立による案件の安定確保で苦境を乗り越える。

長崎市にある富士通系大手ITベンダーのオフィスメーション本社
常盤商会は強みとする生産管理製品の整備を進め、商品やサービスを「今のうちに顧客にアナウンスし、いざ投資再開のフェーズに入ったときには準備万端でビジネスを伸ばせる状態に持っていきたい」(植村代表取締役)と地道な努力を積み重ねる。
医療業界に活路見出す 業績不振に陥る企業が多いなか、その影響を免れた会社もある。キーワードは「業種特化」と「顧客満足度の向上」だ。
長崎県にある富士通系の大手ITベンダー、オフィスメーションは、20年前にターゲットを一般企業から県内の医療機関に転換するビジネス基盤作りに力を入れてきた。その成果が現れて、「不況の影響を免れた」(石橋洋志社長)と胸をなでおろす。
医療機関に対しては、富士通の医療事務や電子カルテ、レセプトを病院ごとにカスタマイズしたパッケージを販売している。病院や農協をターゲットにした背景にあるのは「他社との競争で生き残るには得意業種を作り、特化しなければ生き残れない」(石橋社長)という危機感があったからだ。また、医療機関は景気の好不調の波を受けにくく、安定したビジネスが見込めるとの読みもあった。さらに県下で医療機関向けにコンピュータシステムを提供するITベンダーがほとんど存在しなかったことも大きかった。今では長崎市内の病院や県下にある300か所の診療所にシステムを納めている。
一方、福岡県の富士通系の大手ITベンダー、エコー電子工業は2000社以上ある既存顧客に導入したシステムについて、顧客が抱える課題や不満点を徹底的に洗い出すことで満足度を高める施策を実施。新規客の開拓を控え、営業社員の8割を顧客との見直し作業に投入した。その結果、代金支払い時期の延期や値下げといった要求はあったものの、「落ち込みを回避できた」と、小林啓一社長は説明する。
企業などのIT導入は半年から1年かけてのプロジェクトが一般的。ITベンダー各社はリーマン・ショック以前からの契約が残っており、不況の影響はこれから本番を迎えるとの見方もある。大分県の独立系ITベンダー、オーイーシーの森秀文社長は「コンピュータソフト業界は一般的な世の中の景気よりも半年遅れて影響が出る。そのため、今後、世間の経済が回復に向かう時期に低迷期に入る可能性が大きい」と気を引き締める。
サービス化にめどつける 山梨県のトップクラスのディストリビュータであるシステムインナカゴミは、サーバー・パソコン販売で一時は年30億円を売り上げていた。しかし、現在は13億円程度まで減少してしまった。中込裕社長は「ハードウェアを売っても仕方ない時代になった。現在はインターネットビジネスに重きを置いている」と話す。ここ数年、ハード販売からサービスへ大きく舵を切った同社。実は利益率で換算すると、3倍以上(現在の営業利益率は約40%)に跳ね上がっている。
山梨県内には年商50億円を超える企業が少ない。そのためシステムインナカゴミは「徹底して零細企業をサポートする」(同)ことを決断した。パソコンはネットブックなど超格安製品を家電量販店などで購入し、アプリケーションは「OpenOffice」や「Google Apps」といった無料ソフトウェアのインストールを施し、零細企業に提供する。「ほとんどボランティア」(同)の活動ぶりである。
当初は、果物を中心とした農作物生産農家や印鑑製造会社など地場産業に“ボランティア商法”で食い込み、EC(電子商取引)などで儲けが出た段階で将来的にサーバーを導入してもらう見通しを立てていた。
しかし、実際は、サーバーとて購入できない顧客がほとんど。そこで、サーバーを預かる事業を本格化させ、顧客のイニシャルコスト(初期投資)を抑えたIT導入を促す体制づくりを開始したという。
新潟県の中小・零細企業システムを手がけるSIerの代表格であるNEC特約店のCEC新潟情報サービスも、「ハード販売は頭打ち。どんと落ちているわけではないが、『リーマン・ショック』以降の景気低迷で価格や付加価値に対する要求が大きくなっている」(森山豊昭・常務取締役)と、自社製グループウェアや汎用的な業務アプリケーションなどを組み合わせた提供に事業をシフトさせている。同社では「売る、つくるだけでの『売り切り』でなく、保守を含めたトータルの仕掛けが必要」(森山常務)と、保守体制の整備を急いでいる。
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