「Windows 95」に代表されるように、新OSの登場はこれまでパソコン市場に“特需”をもたらしてきた。だが、前OS「Windows Vista」では不発に終わってしまった。それだけに、「Windows 7」の登場はIT業界で“期待の星”とはみられていなかった。ところが、蓋を開けてみると、意外にも普及が加速している。中小企業には、SIerなどが関与しなくとも「勝手に入っている」ようで、中堅・大手企業でもポテンシャルの高さを維持している。移行に関する検証などの支援が行き届けば、不況下で貴重なIT需要となりそうだ。その前段となる立ち上がりはどうだったのか、「売り手」の取材をもとに検証した。
次システム選択で「7」選ぶ 「Windows 7」発売前に聞かれたIT業界の声はこうだ。「クラウドコンピューティングの普及で、パソコンへの関心が薄れた」――。どうやらこれは事実のようだ。しかし、過大なIT投資ができない状況のユーザー企業は、リース切れなどを目前にし、次のシステム選択を迫られている。「クラウドにするにも、初期投資はかかる」。それならば、使い慣れているWindows環境の継続性を重視したほうがよいと判断しているようだ。
ある大手SIerは、「Windows XP」のダウングレードモデルを用意した。将来の「Windows 7」への移行に備え、パソコンのパフォーマンスを上げつつ、「XPを使い続ける」ユーザーが多いと想定した場合のソリューションである。しかし実際は、「計画していた導入数の半分も満たなかった」(同SIer幹部)という。
もちろん、XPへの移行当時のように、加速度的に新OSが普及するとは考えにくい。マイクロソフト側も、そこまでいくとは想定していないが、移行措置を支援する体制が整えば、発売前にいわれていたほどの低普及率で終わることはなさそうである。
メーカー(マイクロソフト)
年内目標、200万台を「7」へ
マイクロソフトでは、「Windows 7」搭載のパソコンを法人に導入する目標台数を200万台と定めている。家電量販店での発売以降、中小企業を中心に「勝手に導入が進んだ」(中川哲・コマーシャルWindows本部本部長)ことで、同社見込み値の最高レベルでの立ち上がりで推移した。この見込み値は、今年末前後から同じ勢いで中堅・大手企業にも拡大するとみた、強気の数字だ。
「200万台」という目標はこう算出された。個人や家庭を含めた国内にあるパソコンの総台数は7000万台。このうち半数が法人に導入されていて、さらに、この半数が「Windows 7」が搭載可能なパソコン。残り半数の搭載不可のパソコンのうち、リース切れを4年とみて、4分の1が今年中にパソコンのリプレースを検討する。これを合算した「Windows 7」の総需要は、約2000万台。このうちの10%以上が今年中に「Windows 7」へ置き換わると弾き出したのだ。
中川本部長は「中小企業でアップグレードがものすごく進んだ。この勢いは、アプリケーションの検証作業が必要な企業へも波及する」と、年度末に向けてライセンス販売やパソコン販売を行うパートナーへの支援策を強化し、一気に浸透を狙う(1面参照)。
昨年は、クラウドコンピューティングの普及機運が高まり、OSを搭載したパソコンの需要を期待するSIerなど「売り手」が減ったようにみえていた。しかし、「Windows 7」が発売されて以降、IT業界が予想する以上に、ユーザー企業側が「Windows 7」を欲していた。やはり、「Windows XP」から「Windows Vista」へ移行したユーザー企業が少なく、「Vistaを飛び越えてWindows 7へ」という機運が高かったということだ。
ただし、新OSが出たからというよりは、リース切れなど「やむなく」というケースが多く、「Windows 7」の機能性に惚れて導入したということではなさそうである。
そうだとしても、「Windows 7」の立ち上がりは、マイクロソフトからみても想定以上に急角度だった。「売り手」の声を聞く限り、今後の需要増に関するポテンシャルも相当数あるといってよさそうだ。
パソコン導入
移行・検証支援が拡大へ
日立システムアンドサービス(日立SAS)の既存ユーザー企業では、法人向けライセンスが発売された昨年9月の「Windows 7」発売前後に将来的なパソコン入れ替えを見越して、旧OSから「Windows 7」へのリプレースを希望する複数社の中堅・大企業から支援に応え、移行の準備作業を進めていた。自社開発の業務アプリケーションを使う企業で、全面改修か仮想環境で継続して利用するかどうかで悩んでいたためだ。
こうした依頼は、長引く経済不況の影響で、4月以降に実施するはずだった検証作業は延期になるケースが多くみられた。不景気でなければ、もっと移行が進んだと推測される。同社の坂口宏・主任技師は「OSの変更は、予算確保から評価・検証などを含め、そもそも完全移行まで2年程度はかかる」と、息の長いシステム案件だという。そう前置きしたうえで「垂直立ち上げとまでいかないが、徐々に案件が出始めている」と期待する。
「Windows 7」は、前OSの「Windows Vista」に比べて低スペックのパソコンでも起動でき、セキュリティ面も大幅に強化された。ただ、こうした機能の向上が「Windows 7」へ買い替える際のトリガーになってはいない。むしろ、既存システムを継続利用するうえでの選択として「仕方なく移行する」というユーザー企業が多いのも事実だ。
日立SASの水野真澄・主任技師は、「おそらく、本格的な導入が進むのは『SP1』提供後だろう」と、需要期を探りつつ、移行に向けた支援体制を万全に整えている。
大塚商会は、「Windows 7」が家電量販店で発売された昨年10月22日にあわせ、法人向けでも需要が増すと予測し、他社に先駆けて「Windows 7移行支援サービス」を開始した。ユーザー企業が安心して移行できるように、コンサルティングなどを有償提供している。実際には、利用中のアプリケーションを新OSに移行する際や、Webアプリケーションの場合に新ブラウザ「IE8.0」との互換性などを検証するといった、移行に関する対処法をワンストップで提供している。
大塚商会の下條洋永・MSソリューション課長は「小規模オフィスでは、こちらの支援に関係なく、『Windows 7』搭載機にどんどん入れ替えられている。むしろ、リース切れのパソコンを保有する中堅・大手企業から心配が出始め、移行のための互換性検証などを依頼されるケースが増えている」といい、Vistaに比べ「Windows 7」へ移行しておくべきと考えるユーザー企業が大幅に増えた感触を得ている。
すでに「Windows 7」へ移行を終えた案件としては、中堅医薬品会社の例を挙げる。「この会社の場合、基幹系に近い重要なシステムの移行は後回し。だが、リースアップを控えて、重要なシステムへの影響度が小さい外回りの『MR』が持つパソコンをまず全台移行した」(下條課長)。この会社に限らず、事業継続の観点からみて、影響が小さいパソコンからの移行が早期に進んでいるようだ。
日立SASでも、大塚商会と同じような「Windows 7」への移行サービスをメニュー化している。同社では、「Windows XP」からVista移行時にも使われていたアプリケーション導入時の互換性問題などに対応するソフトウェア群「Microsoft Desktop Optimization Pack(MDOP)」に興味をもつユーザー企業が増え始めている。パソコンを販売する多くのSIerでは、早いうちに「Windows 7」の移行案件が本格的に増えてくる兆しを感じているようだ。
富士通系大手SIerの富士通ビジネスシステム(FJB)は、パソコンやサーバーなどのハード販売が占める売り上げが依然として大きい。ここ数年、単価下落の影響による利益減少と不況による販売台数減少でパソコン事業は苦しんでいる。
だが、鈴木國明会長兼社長は「Windows 7」に期待している。「パソコン需要を押し上げる要因になるのは確実。移行を促す」と意欲的。FJBはマイクロソフトとビジネス・インテリジェンス(BI)分野などで協業している。BIソリューションと「Windows 7」の管理機能などの連携ソリューションの構築などで付加価値を生み出して拡販につなげる意向だ。
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