コスト構造を抜本改革
ハイブリッド化が進む
クラウド先進国の米国では、郊外型(遠隔地)の巨大DCが相次いで建設されている。郊外型DCには都市型DCと構造的に大きく異なる点が複数あり、この相違点によって劇的なコスト削減が可能になる。さらにユーザーが自社運営するDCや都市型DC、郊外型パブリッククラウドをシームレスに連携することで、ビジネスが大きく広がろうとしている。
PUE1.0台を実現可能に 都市型DCを、ただ郊外や遠隔地につくるだけなら、コストは初期投資の土地代程度しか差がつかず、運用費もさほど安くはならない。DC運用で消費されるのは主に電力であり、これを劇的に引き下げないことには、トータルでのコスト削減は不可能である。そこで現れてきたのが、顧客所有のIT機器のDCへの持ち込みを一切認めないパブリッククラウドの考え方だ。さくらインターネットの石狩DCは、この方式を積極的に採り入れる。
DCのエネルギー効率を表す指標に、PUEがある。DC全体の消費電力をサーバーなどIT機器の電力で割った指数であり、日本の平均的DCのPUEは、およそ2.0といわれている。つまり、IT機器の消費電力と同じくらいの電力を空調や変圧器などで消費する勘定だ。もし、空調をなくせば、空調そのものの電力消費をなくせるばかりか、空調用の変圧器や電源も不要となり、PUEは限りなく1.0に近づく。そのためには、DC事業者側で、空調レスに耐えられるように設計したサーバーを用意しなければならない。顧客が思い思いの形状や特性をもったサーバーをDCに持ち込む従来方式では、空調レスへ移行するのは難しい。
DC内にある機材が、すべて自社所有であるからこそ、思い切った電力削減が可能になる。都市型DCの多くは、顧客が自らのIT機器を持ち込むコロケーション方式であり、DC側は冷房完備の空間を用意。セキュリティの観点から、頻繁に出入りするユーザー企業のエンジニア担当者の本人認証を行うこととなり、認証作業のための設備費や警備担当者の人件費もかさむ。持ち込みを受け付けないパブリッククラウド型ならば、空調レスでPUEを1.0台にすることも可能だ。外部の人間が出入りすることもないので、自社社員の通用口を除いて、入り口そのものをなくすことができる。交通アクセスを気にする必要もなくなり、コストパフォーマンスに優れた遠隔地の立地でも、なんら問題がない。
外気導入式の除熱で成果  |
日本ラッド 岡田良介執行役員 |
空調レスでは、SIerの日本ラッドが意欲的な取り組みを行っている。扇風機の強い風をIT機器に吹き付けて除熱する方式を考案。空気はDCの外から採り入れ、風圧によってIT機器の温度を下げる方式である。猛暑だった今年の夏、外気温32℃、扇風機は中速運転でサーバーなどのIT機器が正常に動作する実証実験で成果をあげた。この時のPUEは実に1.07。従来型DCの電力消費を半減させている。実験ではCPUの温度を外気温+10℃程度まで下げられることが分かっており、外気温33℃のときはCPU温度は42℃、仮に外気温40℃の状態でも、理論上はCPU温度を53℃前後に抑えられるという。
1年近い実証実験のなかで、障害が発生したのは意外にも冬場だった。外気除熱式DC考案者で、日本ラッドの岡田良介執行役員は、「外気温が零℃近くになるとハードディスクが壊れるなどの障害が起きた」と説明する。冬場は乾燥してIT機器の大敵である静電気も発生しやすくなる。このため、IT機器の排熱を再び循環させて室温を上げたり、加湿による静電気防止策で問題を解決した。日本ラッドは、今年10月をめどに、業界の先陣を切って、外気除熱式DCの商用利用をスタートさせる。
コンテナ式で建屋要らず もう一つ注目を集めるのが、コンテナ型DCだ。日本のDCは、免震・耐震の強固な造りを売りにしてきたが、こうした建屋をつくるのには当然、カネがかかる。ならば一層、コンテナのなかにIT機器を詰め込み、外気導入で冷却すれば、初期コストの建設費と運用コストの電力の両方を削減することができる。インターネットイニシアティブ(IIJ)が今回、島根県につくるDCも、外気除熱式のコンテナユニットによるもの。さくらインターネットがDC立地に選んだ石狩は、「船でコンテナ型DCを運び、石狩湾に陸揚げする利便性もある」と、北海道のDC立地に詳しいSIer幹部は指摘する。


ただ、比較的小型な20フィートコンテナでさえ、日本の狭い都市部では設置するのに手間がかかる。日本ラッドではサーバーラックをコンテナに見立て、まるで“レゴブロック”を並べたかのような即席DCを考案している。冷却は日本ラッド得意の外気除熱式で、ラックにはあらかじめ吸気と排気のダクトが備え付けられており、無停電電源装置(UPS)も内蔵。さすがに、本物のコンテナのような雨ざらしにはできないが、「ラックは事前に組み立て、空いているビルの一室に並べるだけで、パブリッククラウド型のDCができる」(岡田執行役員)と、空室が目立つ日本の都市部で有効だとみる。日本ラッドでは、2013年にはパブリッククラウド関連で、少なくとも年商12億円の売り上げを見込む。
運用自動化でSIerと協業  |
ニフティ 上野貴也課長 |
今年1月からサービスを始めたニフティクラウドは、8月末までのユーザー数が約400社に増えた。ニフティで同事業を担当する上野貴也・IT統括本部基盤システム部課長は、「日本のユーザーもパブリッククラウドを実際のビジネスで活用する段階に入った」と、確かな手応えを感じている。意識するのは、やはりAmazon EC2。課金体系が異なるため単純な比較はできないが、両社ともほぼ拮抗する価格体系を打ち出す。「価格でライバルに白旗をあげることはない」(上野氏)と、闘争心を露わにする。
こうした企業努力が実って、ユーザー企業の実に20%余りが、4コアCPU、メモリ16GB相当のハイスペックなサービスを使う。値段は毎時159.6円。最も安いサービスの1コアCPU、512MBメモリ相当で毎時12.6円に比べて、スペックの高さが際立つ。今年初めの段階では、安価なロースペックで試していたユーザーが、今年4月以降、本番環境で使い始めたのがハイスペック比率の拡大につながった。ユーザーの用途はおよそ半分がネットサービス系で、約3割がシステムの開発環境、約2割を業務システムが占める。
顧客からはよりハイスペックな環境を求める声が高まっており、複数の仮想サーバーに負荷を分散して振り分けるロードバランサー機能の追加や、ニフティクラウドへのAPI(アプリケーションインターフェース)公開などを部分的に始めている。顧客が使っているシステム運用管理ツールとニフティクラウドを連動させることで、自社システムとのシームレスな運用が可能になる。SIerのCSKシステムズは、パブリッククラウド制御ソフトを自社開発しており、Amazon EC2への対応に続き、年内にはニフティクラウドのAPIにも対応する予定だ。運用の自動化が進めば、立ち上がりが鈍い業務システム系のユーザーの取り込みにもつながると期待を寄せる。
自社運営ニーズ根強い
シームレス化がポイント  |
ピクシブ 青木俊介取締役 |
本格的な立ち上がりをみせる日本のパブリッククラウドビジネスだが、課題もある。高コストが指摘されながらも、空調の行き届いた都市型DCが重宝されてきたのは、ユーザーのニーズがあったからだ。ユーザーからみれば、自社の近くにDCがあれば、何か問題があったときに、すぐに駆けつけられる利便性と安心感がある。
国内最大のイラスト投稿サイト「pixiv」は、自社でのサーバー運用を重視。「自ら運営してこそ最新のインフラ技術が身につく」(ピクシブの青木俊介取締役技術部門担当)とメリットを指摘する。日本を代表するブログサービスのAmebaブログを運営するサイバーエージェントの吉川出・インフラテクノロジーグループネットワークアーキテクト兼マネージャーは、「自社でITインフラを運営することで、新しいネットサービス開発のスピードを速めることができる」と話す。
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サイバーエージェント 吉川出マネージャー |
確かに、AmazonやGoogleは、みな検索や通販を手がけるユーザー自らがITインフラを構築。その延長線上に競争力あるパブリッククラウド型サービスを展開している。しかし、今の日本には、まだそこまでの規模を誇るネットサービスはないのが実状。さくらインターネットの田中社長は、「単独では難しくても、日本のネットサービスを石狩DCに集められれば、規模の面でも世界で十分に通用する」とみる。成長著しいpixivは、ITシステムの爆発的な増大によって、自社電算室での収容が限界に達した。そこで、今年7月、IDCフロンティアの都内DCの一部を活用に踏み出した。IDCフロンティアの粟田和宏・ビジネス開発本部サービス企画部長は、「今は成長途中のシステムだとしても、将来、成熟した頃に北九州DCに来てもらえばいい」と、都市型と遠隔地型のハイブリットで臨む。
時間貸しで利用できるパブリッククラウドの特性を生かし、平常時は自社運営のシステムで対応し、ピーク時のみパブリッククラウドを活用。あるいは、発展途上のシステムはすぐに駆けつけられる都市型DCで管理し、成熟後は遠隔地で運用するなど、ハイブリッド型の活用に今後のクラウドビジネス拡大のヒントがありそうだ。