農業は、IT化が進んでいないというのが一般的な認識だ。高齢化が進んでいる状況下で、問題となってきているのが、ノウハウの継承。勘や経験で進めていたこれまでの農業をITによっていかに効率化し、安定した産業にすることができるか。農業向けにソリューションを展開する各メーカーのビジネスチャンスを取材した。
技術の伝承に危機
ITで「勘」「経験」をデータ化 「あの山の雪が三角形に溶け残ったら、今年は…」。おいしいニンジンを作る篤農家。そのノウハウはすべてその農業人の頭の中にある。
「企業関連のITシステム構築はある程度一巡している。次にITが活用できる分野として、社会インフラにビジネスチャンスを見出そうとしている」と、あるSIerの社長は話す。
第一次産業の農業は、人間が生きていくための「食」を支える最も大事な社会インフラの一つだ。だが、日本の農業に携わる人たちの高齢化が進んでいる。農林水産省が発表した2010年農林業センサスによると、現在、農業従事者の人数は261万人、その半分が65歳以上、平均年齢は65.8歳となっている。20年前(1990年)は482万人であり、それから比べると、農業従事者は半分に減ってしまった。
天候や環境に左右されて、収穫量の変動が激しい。リスクが非常に高いのに、収入は低い。
日本よりも国土が狭く、農業就業人口も少ないオランダは、農業のシステム化によって、世界第2位の農産物輸出国となっている。
今話題の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)。この自由貿易協定に日本が参加するとなると、農業の現在の食糧自給率40%が約10%ほどに低下するといわれている。
いわゆる高齢になった篤農家が持ち得る「勘」や「経験」といった「見えないもの」の「見える化」を実現し、品質の高い農作物の収量を安定的に伸ばして、“強い農業”を構築することが痛切に求められている。
農業に関連するITソリューションは、財務・会計部分を支援するもののほかに、リモートセンシングやGISによって得たデータを栽培のノウハウとして蓄積・活用し、生産支援や次の世代への技術継承を行うもの、さらにその先の物流や販売を支援するものなど、幅広い。販売先は多くの農業者が加入している農協(JA)や、農業法人、また自治体などが挙げられる。
農産物の生産関連では労務管理や農薬の保管方法など、管理の勘どころを押さえた「GAP(Good Agricultural Practice=適正農業規範」という国際的な取り組みに対応するソリューションが増えている。
「GAP」とは農産物の農作物の安全確保のため、必要な関係法令などで定められる点検項目に沿って、生産にかかる各工程の正確な実施、記録、点検と評価を行う持続的な改善活動の規格である。このGAPに対応していることが、消費者や取引先に目に見えるかたちで食の安全を証明し、国際競争力をつけるためにも重要となっている。GAPの認証を受ければ、世界中どこでも農作物を販売することができ、マーケットを広げることが可能となる。
GIS技術を利用した農業向け製品
衛星で発育状況を可視化
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日立ソリューションズ 西口修氏 |
日立ソリューションズは、営農計画から収穫までを支援する一連のソリューションを「GeoMation Farm」として提供している。10年前から展開しているGIS(地図情報システム)を農業分野に応用して、JA向けに圃場(田畑)管理目的でアプリケーションを開発した。現在までに約30か所のJAに導入されている。核となる「圃場・土壌情報管理システム」で、地理データを衛星やコンピュータを利用して収集するGIS技術によって、圃場に関連した情報を地図と照らし合わせて管理できる。作物、種類、生産者、品質など、1区画ごとに農地の属性を一元管理する。農業では、害虫や菌に農薬の耐性がつかないようにするため、その年ごとに別の農産物を生産する輪作体系をとるのが基本となる。地図で管理することで、作物ごとの総栽培面積の変動や土壌と収穫量の関連性を顕在化させ、計画的な栽培が維持できるようになる。また、収穫量が減った生産者に対しては営農指導員が技術指導を行って、収穫量の増加と品質向上を実現することができる。
「GeoMation Farm」のオプションでは、日立ソリューションズが代理店を務める高解像度衛星を利用して、生育の善し悪しを把握することもできる。例えば小麦なら、衛星画像を通じて収穫前の乾燥度を可視化できるのだ。刈り取り作業を効率化して小麦の乾燥施設の稼働も最適化できるので、CO2を大幅に削減することができる。
日立ソリューションズは、地域に密着したグループ会社経由の販路と、同じ日立グループでリース会社の日立キャピタルの農業向けのチャネルを利用して、農協や農業法人に対するソリューション販売に力を入れている。
TPPへの参加が決定すれば、10年後には関税がゼロになる。日立ソリューションズ第2社会システム本部の西口修担当部長は「たとえTPPへの加入が決定していなくても、強い農業をつくっていくことは急務だ」と話す。農協に加入している農業従事者は兼業も多い。いくら篤農家が努力しても農協の場合、どの農業者からも一律の価格で買い取り、また誰が食べているのか農業者からは顔も見えない。こうした状況に見切りをつけた農業従事者や新規就農者が農業法人としてスタートし、自ら販路を開拓するやる気のある若い人が増えていく傾向もみられる。

GISによる農地管理
経営・生産・販売を見える化
クラウド基盤利用して支援
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富士通 深谷朋昭氏 |
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富士通 渡辺浩司氏 |
農業の技術は人に依存し、ドキュメント化されていない。技術をもつ人材が亡くなったら、その技術は誰にも継承されず、同じ品質の作物を生産することが困難になる。「暗黙知の形式化」は以前から声高に叫ばれてきた課題だった。
富士通は、貯金、貸出、為替など金融関連の業務を提供する信用・共済事業を支援するシステムを提供してきた。そして昨年、農業向けSaaS「F&AGRIPACK(エフアンドアグリパック)シリーズ」の提供を開始した。クラウドによって、農業における「経営」「生産」「顧客」の見える化を実現するための取り組みを行っている。
農業は決して収入の高い商売ではない。その世帯収入は、平均して年500万円ほどだ。そのなかから純粋に農業収入だけを切り出すと、わずか150万円ほどにしかならないという。「初期投資を少なく、ITを導入できるようにするには、クラウドを活用したソリューションが有効なツールだった」(パブリックリレーションズ本部政策企画部の深谷朋昭統括部長代理)。
富士通は、食の安心・安全が注目されるようになった2003年頃から、農業分野に対するITの活用に関心をもっていた。
その後、自社の保有するプラットフォームをどのような場合に利用できるか、検討を始めた際に、農業に着目。まずはアプリケーション分野を理解してから提供すべく、宮崎県の新福青果、滋賀県のフクハラファームらの協力のもとに実証実験を開始した。
2008年から作業員や農地に設置したセンサーのデータを利用して、最適な営農情報提供を実現する「農業ナレッジマネジメントシステム」の実証実験を行っている。作業データや農地の環境に関するデータを収集して蓄積し、それを分析することで、農地ごとのコストを割り出したり、安定的に品質向上や収量の拡大につなげることができる。
また、携帯電話を利用して、農産物や農地の状況を写真で記録し、これを蓄積。富士通の画像マイニング技術を生かして、たくさんの画像のなかから似た特徴をもつ写真を検索することもできるようになる。「例えば、ある画像の農作物に黒い斑点が写っていたときに、画像DBから同じ症例を検索することで、何の病気かを把握することができる」(クラウドサービスインフラ開発室センシングプラットフォーム企画部の渡辺浩司氏)。作業員同士の情報共有や技術伝承にも生かすことができる。
農業では担い手が不足し、勘や感覚で営農するために、ムダやリスクも発生しがちだ。いくら利益が上がっているかを正確に把握して経営戦略につなげる「経営の見える化」。いつごろ収穫できるか、コストを含めて形式化する「生産の見える化」。将来的には、CRMと連動し、消費者がどのようなニーズをもっているかを把握できるようにする「顧客の見える化」も実現したいと考えている。「農業ナレッジマネジメントシステム」で、これまで発生していた「ムリ・ムラ・ムダ」を解消し、効率的で品質の高い農業につなげていく。

携帯アプリケーションで現場を撮影できる
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