“外圧”変化迫られる
企業系システムでも動き
クラウドは、Amazonをはじめとする外圧というかたちで日本のベンダーに変化を迫っている。コンシューマ系の顧客を多く抱えるホスティングベンダーが敏感に反応し、続いて企業系の顧客が多い大手SIerも変革を進める。
地の利と柔軟性で差異化 ホスティングベンダーは、AmazonやGoogleに刺激を受けるかたちで、本格的なクラウドビジネスを立ち上げようとしている。サーバーの負荷が高まると、空いているサーバーへバーチャルマシンを自動移行する「マイグレーション機能」、サーバー故障時に代替サーバーへ自動移行する「フェイルオーバー機能」、さらにはサーバーを停止することなくハードディスクドライブ(HDD)やCPU、メモリを自動拡張する「オートスケールアウト機能」など、海外大手が展開するクラウド諸条件を満たすべく必死だ。
差異化策は“地の利”と“柔軟性”の2点。ほとんどのホスティングベンダーや大手SIerのデータセンター(DC)設備は国内にあって、自らコントロールできる。これまでもハウジングやホスティングなどのさまざまなサービスを提供してきた。新しく立ち上げるクラウド型のサービスは、これら既存のサービスと柔軟に連携させることで差異化につなげる。
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ビットアイル 高倉敏行部長 |
GMOホスティング&セキュリティ(GMO-HS)は、今年2月に立ち上げた「GMOクラウド」で、既存のホスティングサービスや他社クラウドとの連携を前面に打ち出す。大手ホスティングベンダーのビットアイルも「既存のホスティングサービスと、クラウドサービスを同期や連携を前提としたシステム設計にした」(ビットアイルの高倉敏行・マーケティング本部事業推進部長)ことで、ユーザーの利便性が高まると踏む。顧客にとってみれば、既存サービスの延長線上でクラウドサービスを使うことができ、従来のホスティング型と、新しいクラウド型との値段や利便性を比較したうえで、よりよいサービスの選択肢が広がる。必要に応じて両方式を有機的に組み合わせて、最適化することも可能だ。
首都圏にDC集中の落とし穴 ユーザーの近くにDCがあり、必要ならば顧客がDCに立ち入り、自ら使い慣れたサーバーを設置できる“地の利”が国内のITベンダーにはある。Amazon EC2やGoogleには、ユーザー自らサーバーを持ち込むことはできない。プライベートクラウドのような顧客専用のクラウドシステムを構築することも、大口需要地帯の首都圏にDCがあるからこそできる技である。
しかし、ここに落とし穴が潜んでいる。“地の利”を生かすには、ITリソースを必要とする企業ユーザーが集中している首都圏にDCを設置しなければならない。しかし、コストを考えれば地方にDCを開設したほうがメリットが大きい。そもそも人気のAmazon EC2やGoogleの主要なDCは国内にはなく、今、自分が使っているITリソースが、どのサーバーによって提供されているのかも分からない。海外大手クラウドサービスにコスト面でも対抗しようとすれば、土地が限られ、人件費もかさむ首都圏のDCでは不利なのだ。
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さくらインターネット 田中邦裕社長 |
こうした落とし穴にいち早く気づいたのが、さくらインターネットである。同社は北海道石狩市で全8棟からなる巨大DCの建設を決め、第1期工事500ラック相当が2010年秋をめどに竣工する予定だ。すべてが完成すれば、4000ラック相当の規模になる。価格や性能ともに「世界で通用するクラウドサービス」(さくらインターネットの田中邦裕社長)の実現に向けた基盤設備と位置づける。インターネットイニシアティブ(IIJ)も10年4月、建屋不要のコンテナ型DCを島根県松江市に開設する予定であるなど、地方立地のDCが増え始めている。
本来のクラウドサービスは、コストの最も安い場所にDCを設置し、世界のどこからでも自由にITリソースを使えるのが理想だ。極端なたとえでは、水力発電所の隣にDCをつくれば、電力と水によるIT機器の冷却の両方を得ることも可能になるし、原子力発電所の近くにあれば、少なくとも送電時のエネルギーロスを減らせる。首都圏と地方のDCをどう使い分けるかが、クラウドビジネスの競争力の差になりそうだ。
クラウド副次的効果で恩恵  |
エーティーワークス 伊東孝悦社長 |
リンクのホスティングサービス「at+link」は、富山本社でハードメーカーのエーティーワークスとの協業によって提供されている。エーティーワークスは「at+link」で運用されている約9500台のサーバーを技術面で支えており、ここで得られたノウハウを反映したサーバー製品を外販。DCでの運用に特化した設計が売れ筋商品の特徴で、大手サーバーメーカーがカバーしきれない細かなニーズを的確にとらえて販売台数を伸ばしている。その数は2011年2月期には前年度比約1000台増の6000台。2012年2月期には、さらに1000台積み増して7000台の販売計画を立てる。ここ数年は「(販売数の伸びの)天井が見えない」(エーティーワークスの伊東孝悦社長)状態が続く。
サーバーラック1Uに小型サーバーを2台入れるタイプや、1Uに4台入るマイクロサイズのサーバー、発熱を抑えるために、あえてモバイル向けのCPUを積んだタイプ、あるいはブレードサーバーのように5Uの高さに10台ほどミニサイズのサーバーを縦置きする形態が人気だという。ブレードサーバーはブレードを収納するメーカー独自規格のエンクロージャが必要で、一度、エンクロージャを購入するとベンダーロックがかかってしまう。同社のサーバーは高性能で個性的ではあるが、基本的に市販の汎用ラックに直接差し込めるオープンさが評価されている。
クラウドサービスが本格的な拡大期に差し掛かり、DCの建設ラッシュも続く。DCに最適化されたサーバーに対する需要は旺盛であり、エーティーワークスはこうした需要をうまく捉えた。サーバーだけに限らず、ストレージやネットワーク機器、クラウド基盤を支えるソフトウェア群など関連するビジネスの拡大も期待される。
豆知識
ラック換算とは? 揺れるDCのあり方
データセンター(DC)の規模を表すのに「ラック換算」を使うことが多い。従来はサーバー室床面積などで比較していたが、近年ではサーバーラックと呼ばれるロッカーのような汎用的な箱に、まるで引き出しのような形をしたサーバーを収納するタイプが増えているというのがその理由だ。メーカーそれぞれに異なる形状をしていたメインフレーム時代とは異なる。DC1フロアに置けるラックは、電源や床荷重によって決まる。高性能DCは、大量の電源と強固な建屋設計によって、より多くのラックを置くことができる。
例えば、ひと昔前のDCは1ラックあたりの重さは500kgだったのが、最新鋭のDCでは1tを超える。電源も同様で以前はラックあたり2kVA程度だったのが、今では10kVA超のものもある。電源供給が増えれば発熱量も増えるため、空調性能も高めなければならない。そうなるとDC全体の電力消費量が増え、変圧器や自家発電機などの電源設備そのものの強化も必要となる。限られた容積にたくさんのサーバーを集積すれば、床面積あたりの情報処理能力が高まり、効率利用が可能になる。
ただ、現実的には、例えば北海道や日本海側など、比較的土地が安い地域にサーバーの入ったコンテナを延々と並べるほうがコストは安くて済む。IT機器は年々処理性能が高まっているので、DCの空調を弱めて高温で運用したり、雨ざらしのコンテナに詰めたとしても、「IT機器の寿命が2年もてば採算には合う」というラジカルな考えを表明する関係者もいる。
業務システム分野にも波及  |
TIS 西川邦夫統括マネジャー |
クラウドは、ウェブサービスやゲーム、ネット通販などコンシューマ分野での需要が先に拡大しているが、いずれこの潮流は企業向け業務アプリケーション分野へも波及するとみられている。エーティーワークス本社のすぐ隣に本社を構える大手SIerでITホールディングス(ITHD)グループのインテックは、クラウドの需要を見越した先行投資を果敢に行っている。2010年7月に富山・高岡市にラック換算で約400ラックを収納可能なDCを開業したのに続き、北陸電力が65%とインテックが35%出資する合弁会社パワー・アンド・ITが2011年春をめどに約500ラック規模のDCを富山市内に竣工する。
ITHDグループのTISは、2010年4月に日系主要SIerで初めて中国に約1200ラック規模のDCを建設したのに続き、2011年4月をめどに東京・御殿山に約3000ラック規模の巨大DCの開業を予定している。ITHDグループ関連ではこの四つのDCだけで5100ラック相当の拡張となり、業界で突出したスピードの規模拡大ぶりだ。とりわけ規模の大きい御殿山DCの立案は2008年春で、その約半年後に起こったリーマン・ショックの荒波に揉まれながらも、「御殿山の計画は続行するという経営判断は揺らがなかった」(TISの西川邦夫・IT基盤サービス企画部統括マネジャー)と振り返る。
半歩の先行利益で勝機掴む  |
インテック 屋敷知幾参事 |
それもそのはず、ライバルの野村総合研究所(NRI)が2012年度中に約200億円を投じて首都圏に5か所目の大型DCを開設する予定で、新日鉄ソリューションズも2012年初めに約120億円を投じて約1300ラック相当のDCを立ち上げる。さらにリーマン・ショックは全治3年と予測されていたことから、景気回復のタイミングで他社よりも早くクラウド運用に耐えうる最新鋭のDCを投入する必要に迫られていたことが背景にある。早くてもダメで、遅くてもダメ。まさに「このタイミングでオープンさせる」(西川統括マネジャー)ことが求められていたのだ。
課題はやはり首都圏と地方圏をどうバランスするのかという点。インテックとパワー・アンド・ITのDCは、性能・規模ともに北陸地区で最大級であり、仕様も首都圏の最新鋭のDCと何ら遜色はない。かといって、北陸地区の民需・官公需だけで両社合わせて900ラック相当を埋めるのは困難であり、東名阪の需要を取り込む必要がある。パワー・アンド・ITの大庭正幸社長は、「東名阪の基幹業務システムのバックアップ需要」を有力視するとともに、インテックは高岡DCの建屋内にソフト開発用のプロジェクトルームを複数設置。「DCサービスとソフト開発の二つのアウトソーシングを同じ施設でこなせる」(インテックの屋敷知幾・北陸地区本部データセンター事業推進担当参事)というハイブリッド型にしている。
クラウドやアウトソーシング需要が拡大基調にあるなかで、ライバル他社よりも半歩先んじることになるITHDグループとパワー・アンド・ITは、先行者利益を最大限に生かすことで勝機を掴む構えだ。
epilogue
DCビジネスは数十億円から100億円規模の先行投資が求められるハイリスクなビジネスである。だが、その一方で、DC活用型のクラウドやアウトソーシングなどのストック型のビジネスは、リーマン・ショック以降、実はほとんど落ちていない。ITHDグループは早くからストック型ビジネスに力を入れており、「受託ソフト開発やSIなどフロー型のビジネス大きく落ち込むなかでももちこたえられたのは、ストックの下支えがあったからこそ」(同社幹部)という。ホスティングベンダーもこの点では同じだ。リスキーである反面、うまく収益モデルを構築すれば不況に強い安定収益源になる。今、リスクをとれるかどうかで、将来の成長が左右される。