日本のIT産業を下支えしてきた受託ソフトウェア開発が岐路に立っている。大手製造業の海外シフトなどの影響やクラウドコンピューティングの進展で、手組みの受託案件は減少の一途をたどっており、この先、市場が伸びる兆しもみえない。そういう状況にありながらも、ビジネスモデルを転換しようとする受託ソフト開発ベンダーはまだ少ない。既存事業の旨味が忘れられないのだ。だが、次の潮流は確実に生まれている。「今が変革のとき」との視点に立ち、転換への問題点を洗い出しながら、将来のあり方を探る。

JISAは「地域ビジネス部会」を立ち上げ、地域IT産業の活性化を推進している。
(写真と本文は関係ありません)
FIGURE 1 プロローグ
座して死を待つか、
変わるか? 国内受託ソフトウェア開発会社の最大手、NTTデータ。同社は、ここにきてオフショア開発の比率を一段と高めている。NTTデータ単体で2008年度(09年3月期)のオフショア開発は100億円弱。これを12年度(13年3月期)までに、2倍以上の二百数十億円にする計画だ。
国内の下請け会社に外注するよりも、新興国のほうが開発費を抑えられる──。これが、多くのITベンダーが海外へシフトする一般的な理由である。しかし、NTTデータが海外に開発の場を求めるのには、別の理由がある。
同社の榎本隆・副社長執行役員は「グローバルで最適な開発体制を確立することが不可欠」とみており、オフショア開発のみならず、海外地場の情報サービス市場を開拓するうえでパートナー確保を視野に入れた展開を推進中だ。オフショア開発を外注しながら、徐々に海外地場企業向けの開発人員を養成し、市場攻略の足がかりをつくる。こうした長期戦略の一環として、オフショアでの開発を拡大している。このNTTデータの“海外シフト”の現象を捉えるだけでも、13年3月までに200億円以上の国内受託ソフト開発が減る。20兆円前後の国内情報サービス産業にあって、一見すると小さい数字だが、200億円と聞いて背筋が寒くなる下請けの受託ソフト会社は多いはずだ。
国内受託ソフト開発市場の将来見通しに関する明確なデータはないが、業界関係者の間には悲観論が渦巻く。全国ソフトウェア協同組合(JASPA)の中島洋会長は、「受託ソフト開発は、10年後に半減する」と予測する。クラウドコンピューティングの普及、汎用的なパッケージの浸透など、市場には逆風が吹いている。少なくとも、下請け開発が自社売上高の相当数を占める受託ソフト会社で、ビジネスモデルを変えないベンダーは、「座して死を待つのみ」(情報サービス産業協会=JISAの河野憲裕・副会長専務理事)の状況にある。
GDPの2%から
伸ばす余地はある!? だが、情報サービス産業全般をみると、悲観論ばかりではない。日本IBMの橋本孝之・社長執行役員は「欧米の情報サービス産業は、GDP(国内総生産)の5%程度はある。日本はまだその半分だ」とみる。だからこそ、IT利活用が遅れている中小企業や地域企業を掘り起こせば、IT産業がもう一段、熟成する可能性があるとの見解だ。しかし、これは受託ソフト開発という観点からの論ではない。クラウドなど、安価で広範囲に提供できる新しいサービスの拡大を念頭に置いている。
「まだIT需要はある」との観点からすると、独立系受託ソフト会社大手のジャステックの中谷昇・社長兼最高経営責任者も「IT先進国に比べて、日本の企業はまだITの利便性を享受していない」と話す。業界の悲観論に対し、国内受託ソフト開発の市場規模が適正ではなく、掘り起こしの余地があると主張する。
中谷社長は、米国と日本の比較で、こんな例を示す。駐車違反の反則金は、米国では反則切符にURLが印刷してあり、このアドレスにアクセスしてクレジットカードで罰金を収めることができる。「ITを使えば便利さを享受できるのに、それを我慢しているケースは多い」。
社会インフラや企業システム、消費者が使う電子商取引(EC)など、社会にまんべんなくITが行き渡っているわけではない。ここに日本のIT産業が沈んだままの要因があり、まだまだIT需要は潜在化しているという。こうした既存環境へのITの波及に加え、スマートグリッド・シティ、電気自動車(EV)など、省電力や環境に配慮した新しいインフラが増える。ここで受託ソフト開発の新市場ができるという見方をする関係者もいる。実際、関西圏の受託ソフト開発会社は、こうした新しい動きに敏感に反応し、リサーチを開始している。新しい市場を探すのか、業態変革してサービスにシフトするのか。受託ソフト開発会社は今、正念場にある。
FIGURE 2 過去→現在
地域間格差が
足かせに 加盟社の売上高総額で最大のIT業界団体である情報サービス産業協会(JISA)の加盟社数は、現在700社弱。08年のリーマン・ショック以降、会員数は減少傾向にある。加盟社の7割は、首都圏に本社を置くITベンダーで占められているが、脱退する企業は地方に多い。JISAがまとめた「情報サービス産業 基本統計調査」(2000年版~2010年版)のソフトウェア売上高推移によれば、09年度は約16兆円で、前年度比19%も減少した。元請けと下請けの売上高が計上されている(ダブルカウント)ので、実数値は、2~3割程度は少ないというのが定説だ。JISA加盟社が減る要因は、受託ソフト開発市場が縮小し、とくに地方のIT産業が衰退しているためだ。
JISAに限らず、会員数が減少傾向にある受託ソフト開発の企業団体は多い。年間数万円の会費を払えないほど経営が悪化しているか、事業を撤退しているかだ。団体に所属する価値がないことを理由とする脱退は少ないようだ。JISAの会員が首都圏に集中する割合は、ITベンダー数の都道府県別比率と比例する。しかし、経済産業省の「特定サービス産業実態調査」をもとに県別の1人あたりの売上高をみると、地域格差は歴然としている。08年の調査では、トップの東京が1人あたり2520万円なのに対し、最下位の佐賀は860万円と、その差は1660万円もある。
地域間格差──。大手ITベンダー主導だったJISAは、09年、重い腰を上げて地域IT産業の実状把握と対策を打ち立てるために「地域ビジネス部会」を設置し、地域ITベンダーをメンバーに加え、今も議論を続けている。この部会を担当するJISAの河野・副会長専務理事は「地域のユーザーが地域のITベンダーを知らない。その一方で、大手ITベンダーが地域に根づいている」と、同部会の調査を踏まえて分析している。
首都圏を除く地域のITベンダーは、首都圏の大型案件を獲得し、事業の半分近くを稼ぎ出している。地域ITベンダーは小規模案件が多い地域に目がいかず、地域の中・大型案件は大手ITベンダーに取られてしまう。結局、地域の中小企業は、ITベンダーに相手にされずに取り残される。だから、「地域のITベンダーを知らない」となる。これでは、地域経済が活性化しない。このため、JISAの「地域ビジネス部会」は、地域の案件は地域ITベンダーが担う「地産地消」と、下請け仕事に頼らず自社で元請けを取る「自立自存」を目標に掲げた。JISA全体では、もう一つ、受託ソフト開発の構造改革として「グローバルの視点」に着眼している。
このうち「自立自存」に言及すれば「意識を変えて変革する。労働集約型のビジネスモデルから知識集約型へシフトすべき」(河野・副会長専務理事)で、これが重要という。スクラッチ開発市場(手組み)が増える兆しはない。だからこそ、下請けの下流工程ではなく、高技術レベルの仕事を請けて、強みの領域を生かしたビジネスモデルへの転換を促しているのだ。
受託ソフト会社の
統廃合が進む 現実的には、すでに地域のITベンダーに崩壊の予兆がある。地域のITベンダーは、大手ITベンダーなどから独立したオーナーが多い。IT人材を獲得できず、経営者の老齢化とともに事業継続を諦めるベンダーも少なくない。河野・副会長専務理事によれば、「創業40~50年の受託ソフト会社の統廃合が加速している」。5年前にはまったくなかった現象だという。受託開発一辺倒では経営が成り立たないのだ。
「受託ソフト開発は、5年後に半分程度までに落ち込む」。京都市に本社を置くスリーエースの井上太市郎代表取締役は、将来見通しをこう語る。インドのオフショア開発現場を視察し、単価の安さと人材豊富な状況に唖然とし、このような悲観的な予想をするに至った。同社の製造業向けシステムは09年度(10年3月期)の受注が、リーマン・ショックの影響をもろに受けて前年度比で約30%も落ち込んだ。ただ、同社は先手を打っていた。08年末からスマートフォンの「iPhone」向けアプリケーションの開発を推進。だが、「アプリ1本が数百円。採算は取れない」(同)と判断して、結局は受託開発中心の旧来の事業モデルから抜け出せていない。これからは、製造・会計事務所向けシステム構築の強みを生かし、クラウド・サービスの提供に乗り出す。
同じ京都市内の京都電子計算は、スリーエースと若干状況が異なる。人口10万人前後の自治体向けパッケージなどが順調に推移しているからだ。同社の小崎寛社長は、法制度の改正などに関連する追加開発・改修によって「3~4年の間は、受託ソフト開発は増加する」とみる。需要が不安定な民需に比べて、自治体・大学などの官需案件は景気に左右されにくい。地域の有力ITベンダーには、同社のように官需を手がける例が多い。それでも、民需と官需をバランスよく獲得しなければ、同社のように安定した経営は続かない。
JISAの「地域ビジネス部会」は昨年度から、新たな取り組みを開始した。北海道、関西、熊本県を実験都市として、「IT利活用促進連絡会議」を発足。地域ITベンダーや首都圏大手ITベンダーの地域事業所、官公庁・自治体、ITコーディネータ、金融機関などで地域企業のIT利活用を進め、地域経済を活性化する活動だ。これは、関西では一定の成果を上げつつある。中小企業のITマインドを高め、クラウド提供で大手ITベンダーと連携し、ITベンダーと企業のマッチングの機会をつくり、新規需要を掘り起こしているのだ。今年度後半からは、この「成功モデル」を宮城、埼玉、福岡の3県に拡大する計画だ。
受託ソフト開発を続けるにしても、「顧客の要求だけを請け負う『御用聞き』的な受託ソフト開発では、面白い仕事はできない」。ジャステックの中谷社長は、こう危機感を募らせ、企業と接するなかで新たな仕事をつくり出す「提案型の受注に力を入れる」方針だ。ただ、受託ソフト開発案件にだけ目を向けていてはジリ貧になることは明らか。徐々にではあるが、自社の得意領域を生かし、パッケージやサービスをてこ入れするITベンダーが増える傾向にある。
[次のページ]